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前編

この作品はトリトニアの伝説の外伝です。

一平の親友となったナシアスが、そのきっかけとなったトリトニアへの遊行を回顧して語っています。

 

これまでの背景は本編をお読みください。

ナシアスが登場するのは第六部 王宮円舞曲 からです。

 オレは女性が好きだ。

 美しくたおやかで、乱暴に扱ったら壊れてしまいそうな華奢な身体にいつも触れていたいと思う。

 別に豊満でなくてもいい。むさ苦しいすね毛や髭などを自慢げに見せびらかすむくつけき男どもに比べたら、滑らかな肌や唇のなんと麗しく心騒ぐことか。男と生まれたからには、女性を愛でずしてどこに喜びがあろうかと思う。

 ただ、愛の行為のなんたるかを弁えていないお子様は困る。

 オレとて未成年に手を出すつもりはさらさらないが、成人してもなお心の未発達な未通(おぼこ)娘を相手にする気はないという意味だ。たとえば、オレが護衛を務めるパールティア王女のような。


 彼女を悪く言うつもりはない。仮にも王女、それ以前に親友であり主君とも仰ぐ一平の求婚相手なのだから。

 その性質は馬鹿がつくくらい善良で素直。誰にも真似できない癒しの力を持っているくせに、自分を卑下しがちな、純粋無垢で可愛らしい少女だ。小柄で痩せっぽちで女性らしい膨らみに欠けるプロポーションは残念ではあるが、それ以上に中身がお子様なのでオレの恋愛対象にはならない。


 全く、一平の奴の気が知れない。まあ、あいつはその体格に似合わず男女の色恋には滅法疎い純情可憐な男だから、お似合いと言えばお似合いだ。それに文句(ケチ)をつけるつもりもさらさらない。

 幼く見えるが、パールティア姫の精神は崇高で、女神もかくやと世間では囁かれている。老若男女、貴賤を問わず等並(ひとしなみ)に注がれる癒しの力は、温かく慈愛に満ちていると評判だ。

 母親が美姫であるだけに、近頃は美しくなったとの噂も、想いを寄せている奴がいるという情報もオレの耳には届いている。

 一平と姫は毎日キスを欠かさない間柄ではあるが、見ていて微笑ましくなるような、親と子の間で交わされるような軽いキスであり、時に人前でも憚りなく姫の方から求めてくることがあるという。


 なんともまあ、オレとしてはあいつが気の毒でならない。父王のオスカー陛下から釘を刺されているとはいえ、常に飼い殺し、生殺しの状態を強いられている。

 たまには遊べよと誘いたくなる。

 真っ赤になって辞退するさまが目に見えるようだ。

 どうせ結婚するんだ、さっさとやっちゃえよ、案外問題なく想いを遂げられるかもしれないぜ、と無責任に揶揄ったこともあるが、真面目という点では右に出る者がいないくらいの堅物だから、大慌ての反応はめちゃくちゃオレを楽しませてくれた。



 オレがトリトニアに来たのは二年前のこと。

 当時オレは十八、一平も十七ぐらいだったと記憶している。

 その頃トリトニアに現れた勇者と呼ばれる存在がオレの興味を引いたのだ。隣国のジーにまで伝わってくるくらいだから、トリトニア本国では知らない者はいないのだと思われた。

 トリトニアでは毎年武道会が開かれていることを知ってはいたが、わざわざ出向くことはないと思っていた。だがその勇者の存在は武道会の開催をも世間で大きく取り上げるほどの影響力を持っていた。

 数奇な生まれ、数奇な運命、数奇な実力と三拍子揃った英雄としての素質を聞き、一体どんな奴なのだろう、一度見ておいて損はない、とオレは思った。


 オレはジーの国王の甥に当たるが、兄や従兄弟たちが多いので王位のお鉢はおそらくオレには回ってこない。お気楽な身分の上に胡座を掻いて、一応は王族としての義務を果たすことに努め、一国民として好きな細剣(レイピア)の修行に励んだり、悪友や女の子と青春を謳歌したりしていた。

 王立学院で教養を修め、レイピアの師の下で技を究める。その一方で、成人してからはジーの国防軍で兵役を全う中であった。

 ジーでは成人して二年以内に軍に籍を置いて一定期間軍務に従事する制度があった。王族に於いても同じように適用される。任期は二年間。年季が明ければお役御免であるが、引き続き軍人として仕えることもできる。その方が報酬も高い。

 オレは特別休暇を願い出てトリトニアへ向かった。



 武道会は首都のトリリトンで開かれる。

 オレはレイピアと共に普通一般に使われる中剣の部にエントリーした。力試しなのだから二部門で十分だろうと思っていたが、勇者と呼ばれる男は五部門にもエントリーして、結果としてそのうちの三部門で優勝をさらっていった。


 レイピアのトーナメントで最初の出番を終えて他の出場者の試合を観戦していると、例の勇者が登壇してきた。一応の基礎はできており、身のこなしにも剣さばきにも隙がなかったが、やはり得手とする大剣とは勝手が違いすぎるのだろう。レイピアには不利な体格も相まって、こなしきれていないな、との感想を抱いた。やはりこの男には武道会の初めに行われた体術や、最後に行われる予定の大剣の方が似合う。


 そう思って見ていたら、奴は失態をやらかした。対戦相手に己の剣を弾かれたのだ。勇者の剣はくるくると回転しながら場外へ飛んでゆく。場外、つまり観客席だ。

 このままでは怪我人、下手をすれば死人が出る。

 そう判断したオレは即座に身を翻していた。剣が飛んできた方向はオレのいた位置から駆けつけられる距離にあったからだ。


 勢いよく飛ばされたレイピアは次第に力を失ってゆく。おかげで回転スピードが落ち、目視もしやすくなって、オレは余裕で剣の柄を掴むことができた。

 剣の落下地点には大勢の人がいた。素人ばかりの集まりゆえ、真に危険な場所ではないところにいた者たちも、多くは目を瞑ったり逃げたり、頭を抱えて蹲ったりしている。

 一番危険だったと思われる場所を振り返って様子を見ると、珊瑚色の長い髪が見えた。女性が二人突っ伏している。そして一人はもう一人の上に覆い被さり、庇うように抱き締めていた。オレには身を挺して守っているように見えた。


(見事な忠誠心だな…)

 忠誠心、と思ったのは、上になっている女性が侍女のものらしきお仕着せを着ていたからだ。どこかいいところのお嬢様とお付きなのだろうと想像できた。

(ま…未遂だからよ。もう大丈夫だぜ)

 オレは少し移動し、手にしたレイピアを闘技場へと投げ返した。勿論刃は向けていない。

 レイピアの持ち主は、失態に気づいたと同時に惨劇を回避すべく剣の飛んだ先へとは駆けつけようとしていたから、目の前で渡したにも等しかった。

 勇者と呼ばれる男は安堵と共に呆然とした表情でオレを見返した。何か言おうとしていたが、オレはさっさとその場を離れた。試合中だったからな。


 そいつはオレを探していたらしい。再び相対したとき、そいつはオレが思ってもみない行動をして接触してきた。

 オレとあいつは中剣の部の決勝戦で対戦することになった。同じトーナメントに出場していても、人数の多い中剣の部は控え室もいくつかに分かれており、オレとあいつは鉢合わせをしないまま闘技場の場で出会した。

 最後の対戦相手がオレだと気づくと、試合開始の合図があってもあいつの表情には落ち着きがなかった。オレが相手であることに、明らかに動揺している。これはチャンスだが、オレはそんなのは嫌だった。せっかくはるばるジーから来たのだ。堂々と渡り合いたい。オレは言った。


「話は後にしようぜ。一平さんよ」

オレはこいつの戦いぶりを見たくてここに来たのだ。

「…よかろう…」

 あいつはオレの言葉に瞬時に気持ちを切り替えたようだった。

 詰まるところオレは敗北を喫したが、収穫はあった。まさか対戦できるとは思っていなかったから神に感謝したい気持ちだった。

 試合終了後に握手を交わす。

 あいつはオレに向かって謝礼の言葉を投げ掛けてきた。

 そして跪き、握った手の甲に唇をつけてきた。

 そんなのは普通女性に対してやることだ。オレは面食らった。聞けばオレがレイピアを掴んだことで難を逃れたのはあいつの一番大切な女性らしい。オレのことを命の恩人だと、あらん限りの敬意を表してくれたのだ。

 場を降りるなりコンタクトを求めてきたので応じてやった。大剣の部での戦いぶりを観戦しながら、オレはこの後のランデブーに想いを馳せていた。



 会場の一角にある部屋を借り切って、奴はオレをそこへ呼んだ。

 優勝者は試合が終わっても色々と雑事に巻き込まれるのだろう。指定の場所、指定の時間になっても奴はなかなか現れなかった。

 やっと現れたあいつは件の女性二人を連れていた。

 あの珊瑚色の長い髪をしたお嬢様らしき少女と髪をベールで覆った侍女らしき女性。

 少女がパール、後に一平の妻となるトリトニアの王女パールティア姫で、彼女を守っていた女性が侍女のニーナだった。


 闘技場で既に礼を言われていたが、あいつは改めて感謝の言葉を述べてきた。二人を紹介すると共に、当人たちからも直に謝意を聞く。

 この三人と過ごしたひとときは大変興味深かった。

 一平という名の勇者とは、剣を交えてその為人(ひととなり)を肌で理解した気がしていたが、女性二人も大変面白い。

 一平が求婚しているという少女―成人しているというが、見た目も中身も少女と言ってよいだろう―は見た目よりもしっかりしているようだし、その侍女だという女性は時々侍女とは思えない口の利き方をする。一緒に育ったというから、幼馴染であるせいかもしれない。そして一平に対しては妙に辛辣だ。


 ―しょっちゅう私に虐められていますものね―

 そう言うニーナの口調には単なる冗談ではない、真実臭さが立ち上っていた。

 勇者と求婚相手、そしてその侍女という関係だけではない、一種の緊張感が漂っている。

(何だ?こいつら…⁉︎まるで漫才を見ているみたいだな)

 一平に対してツンツンするニーナの態度が引っ掛かった。

 これはどう見ても主人の想い人に向ける態度ではない。

(このお嬢さんはこいつのことが嫌いなのか?)

 滅多にないことだろうと思ったが、そう思わざるを得なかった。

(何故だ?)

 オレは不思議だった。


 噂には聞いていたが、勇者の評判はすこぶるよい。会ってみて、そりゃそうだよなとすんなり頷けた。こんなに爽やかさが滲み出ている男はそうはいないだろう。この体躯なら凄みや重圧を感じるのが普通だろうが、それを一切感じない。試合に於いてはその限りではなかったが、場を離れれば心の奥深くに沈めることができる。加えて容貌もいい。どんな女でも一目でのぼせ上がるだろう。それなのに?



 オレの脳裏に闘技場での姿が浮かび上がった。王女が傷つけられないように、ニーナは全身で庇っていた。

(まさか⁉︎…)

 オレの頭にある仮定が生まれた。

 確かめなければならない。

 なぜなら。

 オレはこのつんけんした女性を口説きたくなっていたからだ。

 

 彼女は美しかった。

 美姫と言っていい。

 肌も綺麗だし、整った顔立ちは貴人と言っても通用する。どことなく主の王女にも似ている気がするのは気のせいだろうか。ベールに隠れてよく見えないが、髪も王女と同じ色のようだ。瞳の色も然り。


「お嬢さんにゃ、いい人はいないのかい?」

 取り敢えず、直球で訊いてみた。

 ニーナは冷静に必要ないと答えた。

「そいつはよかった」

 言質はとった。誰に遠慮する必要もない。

「ジーに来てオレの女にならないか?」

 オレは常套手段の笑みを浮かべ、彼女を覗き込んだ。

 半眼で口づけを迫るとオレの頬が鳴った。

「おからかいも大概になさいませ」

 おかしい。百発百中の流し目が効かない。

 そして女性に引っ叩かれたのは初めてだ。

 ヒリヒリ痛いが、面白い。

 ニーナの罵倒に一平は顔を歪め、王女はニーナを宥めようとおろおろしている。オレひとりが振られたくせにニヤニヤしていた。


「私、あなたのことはどうあっても好きになれそうもありませんし、男の方と結婚する気はありませんから」

 やっぱりそうか、とオレは思った。

 めちゃめちゃキッパリ断られたのに却って嬉しくて欲が湧いた。

 わざとしつこく言い募ってみたし、王女もいろいろ口添えをしてくれたが、ニーナは聞く耳を持たなかった。

 オレのことを軽薄で無礼千万だとこき下ろし、主を急き立ててさっさと部屋を出て行った。

 恩人を労おうと儲けた場であるのに捨て台詞を投げつけられる成り行きになり、面目丸潰れの一平が流石に可哀想だった。


 女性二人が遠ざかったのを見計らって、オレは言った。

「気に入った!」

 一平がげんなりした顔でオレを見た。表情が、悪趣味なと言っている。相手が悪いから諦めろと忠告してくれるが、オレは諦めるつもりはなかった。

 オレが誘って靡かなかった女性はいない。自分で言うのも何だが、オレは美男子だし、女性の扱いは心得ている。身分も地位もあるし申し分ないはずだ。必ずやニーナもオレの魅力に気づくはずだと。

 ところがニーナはパールを守ることしか頭にないから結婚はしないと一平は断言した。

 オレはその言葉に引っ掛かった。本人ではないのに、なんでそんなにきっぱり言い切れるんだ。やはり…。

 オレはかまをかけた。

「まさかあいつ…女専門じゃないだろうな?」

「よしてくれ…」

 頭を抱えてやってられない、という様子を見せたが、図星だろうと、オレは思った。



少し長いので後編に続きます。

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