【第十一話:世界の真実と、綴られた虚構】
約束の満月の夜。魔王は再び姿を現した。
しかし、今度は侵略の軍勢を連れているわけではない。その手には、ボロボロになるまで読み込まれた私の書いたノートが握られていた。
「……見事だったぞ、ラルム。貴様の綴る物語には、この世界には存在しない『意思』があった。だからこそ、我は約束を守ろう」
魔王は仮面を外し、その素顔――あまりにも虚無を湛えた瞳で私を見つめた。
アルフレッド様が私の肩を抱き寄せ、強く警戒する中で、魔王は残酷なほど透き通った声で告げた。
「この世界は、ある一冊の『本』に過ぎない。誰か高次元の存在が気まぐれに書き綴っている、完結することのない物語なのだ」
「……えっ? 本……?」
「左様。すべてはあらかじめ決められた筋書き(シナリオ)通り。我は滅ぼされる悪役として、この王は導く賢者として。だが、貴様は違う。貴様はこの世界の理の外から放り込まれた『異物』――いや、物語に深みを与えるために招かれた『主役』なのだよ」
衝撃で足が震えた。
私が名前を失い、代わりに「お約束」というスキルを得た理由。それは、この世界自体が「物語」で構成されているから。名前という現実の鎖を解き放ち、完全なる「登場人物」として上書きされた結果だったのだ。
「そんな……。じゃあ、私のこの気持ちも、アルフレッド様の愛も……全部、誰かが書いたシナリオだって言うの……!?」
絶望に沈みかけた私の手を、アルフレッド様が痛いほど強く握りしめた。
「ふざけるな。物語だろうが虚構だろうが、構わん」
アルフレッド様の声は、魔王の魔力すら撥ね退けるほど力強かった。
「ラルムがどこから来たバグだろうと、私のこの胸の鼓動までシナリオ通りだとは言わせない。もしこれが誰かの書いた物語だというのなら――そのペンを奪い取り、私が、私自身の愛で結末を書き換えてみせる!」
「アルフレッド様……」
「ほぅ……。面白い男だ。書き換えられるものならやってみるがいい。だがラルム、貴様には選択権がある」
魔王は虚空に「元の世界」の映像を映し出した。私の部屋、脱ぎ散らかされたままの服、読みかけのラノベ。
「その『名前』を返してやろう。戻ればすべては夢。貴様は再び、自由な読者に戻れる。……どうする?」
元の世界に帰れば、私は「私」に戻れる。
でも、ここにある温かな手も、重すぎるほどの愛も、虹色のパジャマで過ごしたドタバタな日々も、すべては「なかったこと」になってしまう。
(私は……私は作家よ。誰かに決められたエンディングなんて、絶対に認めない!)
私はアルフレッド様の手を握り返し、魔王を真っ直ぐに見据えた。
【綴る者】のスキルが、かつてないほど激しく脈動し始める。
「魔王様。教えてくれてありがとう。……でも、私の物語の続きは、私が決めるわ!」




