三十話 光が残した影
村に着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
水場の近くで荷を下ろしていると、低い声がいくつか重なって聞こえてくる。
井戸端の噂話だ。珍しいものでも、特別に秘められたものでもない。
「……聖女様は、すごかったそうですよ」
そう切り出した声に、別の声がすぐ応じる。
「鏡に映った姿が、ひときわ輝いて見えたって」
「まるで、他のものが映らなかったみたいだった、と」
語る口調は敬意に満ちている。
疑う響きは、どこにもない。
「光が強くてね。目を伏せた人もいたとか」
「やっぱり、本物の聖女様なんでしょうな」
本物、という言葉が、何度か繰り返された。
ルーナは、少し離れたところでその話を聞いていた。
水袋を持ったまま、立ち止まることもなく。
(……輝いて、か)
思ったよりも、胸は動かなかった。
羨ましさも、悔しさもない。
ただ、言葉の端に、わずかな違和感だけが残る。
“他のものが映らなかった”。
「聖女様だけが、はっきりと見えたそうです」
「周りに誰が立っていたのか、思い出せないって」
誇らしげに言われるその噂を、
誰も不思議だとは言わなかった。
ルーナは、無意識に視線を落とす。
鏡は、映すものだ。
なら、映らなかったものは――
(……見えなかった、だけ。私なら、寂しい)
ルーナは神官や騎士達を見渡し、最後にアルトに視線をやる。
隣に立つアルトは、何も言わない。
噂に反応もしない。
けれど、その視線は一度だけ、静かに地面へ落ちた。
輝きは、強ければ強いほど、
他のものを照らさなくなる。
それを口にする者は、
この場にはいなかった。
「行きましょう」
アルトの声が、いつも通りに落ちる。
ルーナは頷き、歩き出す。
噂話は、背後に流れていった。
聖鏡は、もうそこにはない。
けれど――
何を映し、何を映さなかったのか。
その結果だけが、静かに残っていた。




