二十七話 燈のある場所
村に入ると、すぐに人の気配が増えた。
霧はいつの間にか薄れていて、道はきちんと続いている。
けれど、背後を振り返ると、さっきまでの分かれ道はもう見えなかった。
「……あれ?」
誰かが小さく呟いたが、立ち止まりはしなかった。
広場に近い井戸のそばで、年配の男がこちらに気づいた。
水桶を置き、目を細める。
「巡礼の方々ですかな」
「はい」
神官が答える。
男は一行を一度見回し、
それから、少し驚いたように眉を上げた。
「よく迷わずに来られましたね」
その言い方は、誉め言葉というより確認だった。
「……そんなに、迷いやすいのですか」
神官が尋ねると、男は苦笑する。
「この辺りは霧が出やすくてね。
道は二つ、三つに分かれて見えるでしょう」
ルーナの胸が、ほんの少しだけ鳴った。
「旅人が、よく戻ってくるんです。
同じ場所を、ぐるぐる回ったって」
男は肩をすくめる。
「村の灯が見えたと思ったら、全然違う方向だった、とか。
日が暮れる前に着くはずが、夜中になったりね」
護衛の一人が、思わず言った。
「……そんなに?」
「ええ。慣れてる人ほど、迷う」
男はそう言って、井戸の縁に腰を下ろした。
「道を知っている、と思うとね。
つい、先を急ぐんですよ」
ルーナは、何も言わずに聞いていた。
急がなくてもいい気がした。
それだけで立ち止まった自分の感覚を、思い出す。
男の視線が、ふとルーナに向いた。
「……あなたが、先導したのですか」
問いは穏やかだった。
責めるでも、探るでもない。
「いえ」
ルーナは首を振る。
「ただ……止まっていい気がしたんです。
止まってから、進みました」
男は一瞬、目を瞬いたあと、ゆっくり頷いた。
「それは、珍しい」
理由は聞かれなかった。
説明も求められない。
「この村に来る人でね、
“止まる”人は、あまりいないんです」
そう言って、男は立ち上がる。
「灯は、見ようとすると見えません。
気づいたときには、ここにいる」
それだけ言って、村の中へ歩き出した。
残された一行は、しばし沈黙した。
「……運が良かったですね」
誰かが言う。
ルーナは、小さく笑った。
「そうかもしれません」
運、ではない。
隣で、アルトが歩調を合わせる。
何も言わない。
けれど、彼の視線は一度だけ、村の灯の方へ向けられた。
(……迷わなかった、か)
それは結果だ。
理由を知っている者は、
この中で、ひとりしかいない。
ルーナは、村の中へ足を踏み入れながら、
心の中でだけ、そっと呟いた。
(導いてくださって……ありがとうございます)
誰に向けた言葉かは、やはり分からないまま。
灯は消えずにそこにあった。




