二十三話 立ち止まる許可
夕方、村外れの道で足が止まった。
理由はない。
強いて言うなら、風向きが変わった気がしただけ。
「……少し、待ってください」
ルーナが言ったのは、自分でも意外だった。
一行はすでに進みかけていた。特に問題もない。急ぐ理由も、立ち止まる理由もない。
それでも、足が前に出なかった。
神官が振り返る。
「どうしました?」
「いえ……」
言葉を探す。
探しても、見つからない。
「なんとなく、です」
その曖昧さに、神官は少し眉を寄せた。
説明を求める視線。
その横で、アルトが一歩前に出た。
「ここで、少し休みましょう」
短い言葉。
理由は添えない。
「……日程が」
神官が言いかける。
「間に合います」
アルトはそれだけ言った。
断定でも、押しつけでもない。
ただ、知っている人の言い方だった。
その声を聞いた瞬間、ルーナの胸の奥がすとんと静まった。
(……あ)
説明はいらない。
不安が、消えた。
「……はい」
気づけば、ルーナは頷いていた。
神官がこちらを見る。
ルーナは一瞬、遅れて気づく。
(え、今……?)
自分が決めたのか。
アルトに決められたのか。
分からない。
けれど、もう迷いはなかった。
「……分かりました。短時間で」
神官が折れる。
一行が足を止め、荷が下ろされる。
護衛たちが自然に周囲を確認しはじめる。
誰も文句を言わない。
誰も理由を尋ねない。
静かに、場が整っていく。
ルーナは、アルトの隣に立った。
「……ありがとうございます」
何に対してかは分からない。
それでも言った。
アルトは、ほんの少しだけ首を振った。
「この休憩は必要でした」
「……どうして、そう分かるんですか」
問いは、素直だった。
疑いでも、試しでもない。
アルトは、答えなかった。
代わりに、視線を遠くへ向ける。
「分からなくていいこともありますよ」
そう言って、少しだけ声を落として笑う。
「……あなたが立ち止まりたいときは、立ち止まればいい」
その言い方が、あまりにも自然で、
ルーナは胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
(どうしてだろう……この人の言葉には、抵抗がない)
命令じゃない。
正しさの提示でもない。
ただ、許可だった。
「……不思議ですね」
「何がですか」
「アルトさんに言われると……理由がなくても、納得してしまいます」
本当に不思議そうに。
アルトは、少しだけ黙った。
それから、低く、確信のある声で言う。
「それで、いいんですよ」
ルーナはそれ以上、何も聞かなかった。
聞かなくてもいい、と分かってしまったから。
その少し後、道の先で小さな落石が起きた。
もし進んでいたら、列の後方が巻き込まれていただろう。
誰かが小さく息を吐く。
「……止まってよかったですね」
神官が言った。
ルーナは、アルトを見た。
アルトは何も言わない。
ただ、いつもの距離で立っている。
近すぎず、遠すぎず。
(……なぜか、この人の言葉だけ)
疑問は、最後まで言葉にならなかった。
アルトは、すでに知っている。
彼女が自分の声を拒まない理由を。
アルトは穏やかに微笑んだ。




