二十一話 静かな道
B班の馬車が村を離れてしばらくしてから、誰も言葉にしない違和感が残った。
道は同じだ。
昨日通ったはずの道と、大して何も変わらない。
けれど、音が少ない。
車輪が石を踏む音はする。
馬の鼻息も、革のきしみもある。
それなのに、それ以上の音が増えない。
誰かが鼻歌を歌った。
理由はない。
ただ、そうしていい気配があった。
護衛の一人が、無意識に耳元を擦った。
「森が……静かだな」
独り言のような声。
返事はなかった。
しばらく進んで、もう一人が言う。
「風、あったよな」
確かに風は吹いている。
外套の端が揺れる。
草も動いている。
それでも、音が立たない。
馬車の中で、ルーナは窓の布を整えていた。
外の様子を見ているわけではない。
ただ、布の揺れが、規則的なのを感じている。
外から、足音が一定の距離で続く。
近すぎず、遠すぎず。
アルトの歩調は、変わっていない。
けれど、鎧の擦れる音が柔らかい。
昨日までより、角がない。
護衛の列が、知らないうちに揃っている。
合図を出したわけでも、命じたわけでもない。
「……さっきから、獣の声、聞いてないな」
誰かが言って、すぐに黙る。
不安ではない。不思議そうな声だ。
ただ、思い出しただけ、という顔。
遠くの森は近いはずなのに、ざわめかない。
鳥はいる。
けれど、鳴くタイミングが遅い。
(魔が……抜けたな)
アルトは、そう思った。
空気の底から、砂をすくい取ったみたいに軽い。
抜けた、という感覚だけがある。
馬車が小さく揺れる。
段差はある。
けれど、揺れが残らない。
「段差でした」
「はい」
ルーナはきょとんとした。
それ以上、注意を促す声もない。
隊列はそのまま進む。
誰も眠くない。
誰も昂っていない。
夜の余韻が、残っていないのではなく、
必要な分だけ、置いてきたような感覚。
ふと、護衛の一人が笑いかける。
「……昨日の夜、なんだったんだろうな」
冗談めいた声音。
けれど、答えを求めていない。
「さあな」
短い返事。
それで、話は終わる。
馬車の中で、ルーナは膝の上で手を組んだ。
祈りの形。
言葉は置かない。
音は、もう鳴っていない。
けれど、音が去ったあとの静けさと安心が、道に残っている。
近すぎず、遠すぎず。
その距離のまま、
一行は、次の村へ向かっていた。




