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偽聖女は巡礼中。ーーえ? 護衛が神様ですって?  作者: 絹ごし春雨


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二話 聖女の補佐

「ルーナ。少し、こちらへ」


暁光神殿の朝は、いつもと変わらず始まっていた。


ルーナは水桶を抱え、回廊を歩いていた。

石畳は昨夜の冷えを残していて、素足では長く立っていられない。

下級巫女の朝は早い。祭具を清め、香を焚き、祈りの場を整える。


その途中で、年嵩の神官に呼び止められた。


声は穏やかで、柔らかい。

けれど、断れない種類の呼び方だと、ルーナはすぐに理解した。


「突然で悪いね」


控えの間に通され、神官は一拍置いてから言葉を選ぶように続けた。


「聖女様には、近々巡礼の務めに就いていただくことが決まっている」


巡礼。


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が小さく跳ねた。


「その旅は、決して楽なものではない」

「祈りの場を巡る以上、危険も伴う」


神官は心配そうな顔をしていた。

けれど、その表情はどこか作り物めいているようにも見える。


ルーナは黙って頷いた。


「聖女様はお若い」

「神殿の務めは重く、負担も大きい」


そこまでは、誰もが知っている事実だ。


「そこで——」

神官は小さく息を整えた。

「祈祷や儀式の一部を、補佐の者が担う案が出ている」


「……補佐、ですか」


返事をした自分の声が、思ったより落ち着いていて、ルーナは少し驚いた。


「そうだ。あくまで補佐だよ」

「聖女様に代わる、というわけではない」


言葉は丁寧で、柔らかい。


「君は日頃から真面目で、作法も正しい」

「目立たず、場を乱さない」


それは褒め言葉の形をしていた。

同時に、理由でもあった。


(……なるほど)


納得してしまった自分に、ルーナは内心で小さく息を吐いた。


「……私で、務まるでしょうか」


慎重に選んだ言葉だった。

“影武者”という言葉が浮かび、すぐに打ち消す。


神官たちは一瞬だけ視線を交わし、


「務まらせる」

「神殿が責任を持つ」


と、短く答えた。


それ以上の説明はなかった。


ルーナは、そこで初めて気づく。

これは相談ではなく、決定事項なのだと。


断る理由を探した。

けれど、見つからなかった。


神殿に仕える身であること。

祈りの場に生きていること。


それだけで、十分だった。


「……分かりました」


そう答えると、神官はほっとしたように息をついた。


「ありがとう。助かる」


その言葉が、胸の奥に重く残る。


助かる、というのは、

誰のためなのだろう。




準備は、静かに進められた。


衣装は下級巫女用のものではなく、儀式用の白衣。

刺繍は控えめで、派手さはない。

けれど、誰が見ても「神殿の者」だと分かる装いだった。


鏡の前で袖を通しながら、ルーナは自分の姿を見つめる。


(……変わらない)


服が変わっただけで、自分は自分のままだ。


「聖女様の代わり、というわけではありません」


神官は何度もそう繰り返した。


「聖女様の表に立つ視線を、少し分担するだけです」

「万が一の備え、と言ってもいい」


万が一。


その言葉には、具体的な形が与えられない。


ルーナは白衣の裾を整えながら、静かに思う。


(聖女様を、お守りするのですね)


それなら、納得できた。


祈りの場を守ること。

誰かが無事に祈れるよう、整えること。


それは、今までと変わらない。




控えの間を出ると、回廊の向こうに人影が見えた。


柱の影。

深い色の外套。


アルトだった。


今日も、前には出ていない。

けれど、ここにいる。


視線が合うと、彼は小さく会釈をした。


「……お疲れのようですね」


声は低く、穏やかだった。


「少し、話を聞いていただけです」


曖昧な返事。


アルトはそれ以上、踏み込まなかった。


「……何かあれば」


短くそう言って、言葉を切る。


何か、とは何だろう。

分からないまま、ルーナは小さく頷いた。


回廊を歩き出すと、足音が一つ、重なる。


近すぎず、遠すぎず。


その距離が、なぜか心を落ち着かせた。


(……大丈夫)


誰に言うでもなく、そう思う。


神殿は、今日も変わらない。

祈りは続き、準備は進む。


ただ一つ。


ルーナの役割だけが、

静かに、少しだけ形を変え始めていた。

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