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偽聖女は巡礼中。ーーえ? 護衛が神様ですって?  作者: 絹ごし春雨


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十八話 夜の残響

 朝の村は、静かだった。


夜が明けていないわけではない。

空は明るくなり、東の端は薄く色づいている。

それでも、音が少ない。


アルトは広場の端に立ち、村の様子を眺めていた。


人は動いている。

戸は開き、火が起こされ、水桶が運ばれる。

いつも通りの朝のはずだ。


ただ、少しだけ遅い。


誰も寝坊してはいない。

足取りも、ふらついてはいない。

それでも、動きの一つ一つに、余分な間が挟まっている。


夜が、残っている。


(……引きずってるな)


昨日の演奏を思い出す。


音は見事だった。

力もあった。

人の心を揺らすには、十分すぎるほどに。


祈りが増え、涙が出て、声が重なった。

村全体が、一段高い場所へ持ち上げられたような夜。


それは確かに、人々の心からは魔を遠ざけただろう。


だが同時に――

魔だけではないものまで、起こしている。


アルトは井戸のそばを見る。


水を汲む若者が、桶を持つ手を少し強く握っている。

水面が、わずかに揺れている。


(……落ち着いてない)


眠ったはずなのに、休まっていない顔。

感情が高ぶったまま、朝を迎えた目。


それは珍しいことではない。

聖女の演奏の翌朝には、よくある。


「感動した夜」の、代償。


アルトは、音の余韻を確かめるように耳を澄ました。


夜に鳴くはずの獣の声は、昨夜は聞こえなかった。

だが今朝は、代わりに家の軋む音が目立つ。


誰かが立ち上がる。

誰かが戸を閉める。


音が、少し多い。


(……興奮したのは魔も同じ)


退いたわけではない。

興奮して、散った。


それもまた、結果の一つだ。


アルトは視線を巡らせ、広場の外れに目を向ける。


ルーナがいた。


朝の支度をしている。

控えめな動き。

誰にも指示されていないのに、必要な場所にいる。


昨夜、彼女は何もしていない。


演奏も、祈りの先導も。

ただ、影に立っていただけだ。


それでも。


(……次は、彼女だ)


理由は、はっきりしている。


人は、高ぶったあとの静けさを欲しがる。

そして、その静けさを「与えよう」とする存在ではなく、

「気づかせずに整える」存在を、無意識に探す。


アルトは、ふっと息を吐いた。


鎧の重さが、いつもと変わらないことを確かめる。

足取りも、普段通り。


変わっているのは、周囲の空気だけだ。


(すべて……順調だ)


誰にともなく、そう思う。


派手な奇跡は、もう起きた。

次に必要なのは、何も起きなかった夜。


そのための巡礼だ。


アルトは歩き出す。


ルーナの方へ、ではない。

護衛として、いつもの位置へ。


近すぎず、遠すぎず。


昨夜、高まりすぎた音を、

次の夜で鎮めるために。


村の朝は、静かに続いていた。

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