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偽聖女は巡礼中。ーーえ? 護衛が神様ですって?  作者: 絹ごし春雨


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十七話 高まる弦

 ヴェロニカの弦の音は、最初から大きかった。


掻き鳴らすような音ではない。

けれど、遠慮というものがない。

夜に放たれる前提で、音が前へ出てくる。


一音目が鳴った瞬間、広場の空気が一段跳ねた。


「……」


誰かが息を呑む。

誰かが膝をつく。

言葉よりも早く、感情が動いている。


ヴェロニカは、ためらいなく弦を滑らせていく。

指先の動きは正確で、迷いがない。

音は重なり、広がり、夜を押し広げる。


(……強い)


ルーナは舞台の影で、そう思った。


強い音だ。

人の心を揺さぶるための音。


村人の中から、嗚咽が上がった。

それを合図にしたように、祈りの声が増えていく。


「ありがとうございます……」

「聖女様……」

「どうか……」


祈りは、音に重なり、さらに膨らむ。


誰も止めない。

止められない。


ヴェロニカの背後で、護衛たちが微かに動いた。

見張りの位置を詰める。

人が前へ出すぎないように。


それでも、空気は抑えきれない。


音が高まるにつれて、人々の表情が変わっていく。

泣きながら、笑っている。

縋るように、手を伸ばしている。


感動、という言葉が近い。

けれど、それだけでは足りない。


(……続いてしまう)


ルーナは、胸の奥でそう思った。


音が止まる気配がない。

むしろ、次の音を求めるように、人の呼吸が揃っていく。


一曲が終わっても、拍手は起きなかった。

代わりに、息を吸う音が重なった。


まだ終わっていない、と分かっている。


ヴェロニカは、顔を上げた。

満足そうだった。


夜は、深まっていく。


火は消されない。

誰も「そろそろ」と言わない。


子どもが眠りかけても、すぐに目を開く。

音が、眠りの手前で引き戻す。


見張りの交代が遅れる。

誰も時間を気にしない。


ただ、聴いている。


ルーナは、自分の指先が冷えていることに気づいた。

動いていないのに、熱が逃げていく。


アルトの足音が、一定の距離で動いている。

位置を変え、視線を配り、戻る。


警戒が解けない夜。


(鎮魂の聖琴……けど、これは、鎮める音じゃない)


言葉にはしない。

言葉にする必要もない。


やがて、音が収束していく。


最後の一音が、長く尾を引いた。

闇に溶けるまで、誰も動かない。


沈黙が落ちる。


——けれど、静かではなかった。


誰かが泣き続けている。

誰かが祈り続けている。

興奮が、まだ居座っている。


ヴェロニカは立ち上がり、深く頷いた。


拍手が起きる。

遅れて、歓声が混じる。


「ありがとうございました……」

「聖女様……!」


声は高い。

疲れを含んでいる。


ルーナは、舞台の影で小さく息を吐いた。


夜は、まだ終わらない。


その予感だけが、確かだった。


アルトが、こちらへ一瞬だけ視線を向ける。

すぐに逸らす。


確認するような目だった。


(……高める“聖女”)


それだけで、十分だった。


夜は、長く続いた。


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