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第9話 夢見る脳髄 その9

 理久と小雪が途中で綺羅と合流して飛び込んだ部屋は円形のホール状になっていた。

 すでにいた颯と瑠奈、そして、碧海の見上げる先で意識を失っているらしい華穂がぐったりと天井から吊されている。

 理久は夢中で呪能砲を構える。

 しかし、慌てて小雪が止める。

「無理にゃん」

 すぐに理久は理解する。

 天井に華穂を固定しているリングは十センチほどしかなく、呪能砲の弾経を考えると“リングだけ”を撃ち抜くことは難しい。

 それは呪能砲に限らず、小雪たちが撃てる呪EL銃でも同じだった。

 理久が碧海を見る。

「なんとかならないか」

無理ぺけ。特に私のはミストを噴霧するタイプだからピンポイントの狙撃は不可能」

 理久は華穂を見上げて唇を噛む。

「じゃあどうすれば」

 碧海がにやりと笑ってささやく。

「心配ない。そろそろ来る」

 そこへ駆け込んできた蒼空が即座にペン軸を構える。

「撃てる?」

 声を掛ける碧海に――

「無論」

 ――短く答えて、先端のGペンを撃ち出す。

 撃ち出されたGペンが、その鋭利な先端で華穂を吊すリングを砕く。

 落ちてきた華穂を抱き留めたのは綺羅。

「華穂っ。しっかりするのですわっ」

 颯と瑠奈が駆け寄って声を掛ける。

「華穂ちゃんっ」

「華穂ちゃん」

 華穂が静かに目を開く。

「あれ……綺羅ちゃん。どうして――」

 綺羅はなにも言わず、そして、なにもしゃべらせず、華穂を抱きしめる。

「いや、あの、えと……綺羅ちゃんてば、ねえ」

 さらに両手を瑠奈と颯に握られていることに気付いてその表情に戸惑いの色が増すが、すぐにいつもの笑顔を浮かべる。

「颯ちゃんと瑠奈ちゃんも。みんな無事だったんだねえ。よかったあ」

 言いながら改めて周囲を見渡す華穂の目が理久を見た。

「え? 理久さん? どうしているの?」

 一転してさっきまでの戸惑いモードに戻る。

「いや、まあ、いろいろあって」

 “どう答えたものか”と苦笑して返した理久だが、綺羅と瑠奈と颯に囲まれた華穂の様子に思わず表情が緩む。

「よかったな、華穂ちゃん」

 華穂もまた理久に微笑む。

「ありがとう、理久さん」

 そこへ綺羅が――

「忘れるところでしたわ」

 ――夜霧から預かった呪EL源素を華穂に手渡す。

「ありがとうっ」

 受け取った華穂の回復する様子を見ながら、碧海が小雪に声を掛ける。

「小雪」

「はいにゃん」

「クリスタルメーカーは、あとどのくらい耐えられる?」

「待つにゃん。今、サーチするにゃん」

 しかし、直後に小雪の顔色が変わる。

「動力炉の隔壁シールドが耐圧限界に達したところだにゃん。下の方じゃ爆発が始まってるにゃん」

 同時に全員が足元からの突き上げるような衝撃を感じた。

 さらに頭上からぱらぱらと落ちてくる天井の細かい破片に蒼空が目を上げる。

「早速、崩れ始めてるな」

 見上げる理久の目にもはっきりと天井を走る亀裂が見えた。

 亀裂は断続的に突き上げる衝撃に合わせて周囲の壁面まで広がっていく。

 蒼空が小雪を見る。

「ひとまず撤退だ。ICRへ」

 だが、しかし――小雪は応えることなくその場で崩れ落ちる。

「小雪?」

「どうしたんですの?」

「小雪ちゃん?」

 華穂が抱き起こすが小雪はなんの反応も見せず、捕らわれていた時の蒼空のように半開きの口元でうつろな目を中空に向けている。

 そこへ声。

「逃がさないんだぜ」

 即座に碧海が“声の主”の名を叫ぶ。

「索漠っ」

 理久と碧海と蒼空が“声の主”を探して室内を見渡す。

 そのかたわらでは瑠奈と綺羅と颯が、華穂の膝枕に頭を預けたまま無反応の小雪に呼びかけ続けている。

 室内全体に索漠の声が響く。

「いやいやいや、すでにオレサマは死んでるんだぜ。今しゃべってるのはクリスタルメーカーに残ってる意識の残渣だぜ」

 華穂が顔を上げて叫ぶ。

「小雪ちゃんになにをしたのっ?」

 索漠の声がゆがむ。

 まるで笑いを堪えているように。

「神経系に接続してちょっといじっただけだぜ。小雪はもともと“イヤユメ(こっち)”サイドの存在なんだぜ。そして、ここはクリスタルメーカーの中――つまり、慄冽が切り取ったイヤユメ時空の一部と重複して存在している空間なんだぜ。言わばオレサマたちのフィールドってことなんだぜ。オマエたちの世界で言う……あれだ、あれ……」

 不意に途切れた声に碧海が焦れる。

「なにを言いたいんだよっ」

 蒼空がぼそり。

「大使館――か」

 理久を含めた全員が「は?」と蒼空を見る。

 そこへ索漠の声が――。

「正解だぜ、蒼空。やっぱりオマエが一番賢いな」

 無表情の蒼空のとなりで不満顔の碧海が悪態をつく。

「だから、なにが言いたいんだ? あ? 大使館がなんなんだ」

「あの……」

 小雪を覗き込んでいた瑠奈がおずおずと手を挙げる。

「大使館の中って日本にあっても日本の法律じゃなくその国の法律が適用されるって習いました。なので“クリスタルメーカー(ここ)が大使館”っていうことは、あたしたちの世界の法則よりもイヤユメ時空の法則が優先されるということじゃないでしょうか」

 すかさず綺羅が瑠奈を抱きしめる。

「さすがですわっ。さすがは瑠奈ですわ」

 碧海が蒼空を見る。

「つまり、イヤユメ側の存在だった小雪の頭の中をいじることも“クリスタルメーカー(ここ)”の中じゃ――」

 蒼空が一言。

「Twist the baby's hand」

 その言葉の意味がわからない理久を含めた全員の視線が一斉に瑠奈へ向く。

 瑠奈は向けられた視線の圧にのけぞりながら蒼空を見る。

「“赤ちゃんの手をひねる”……ようなもの、ですか?」

 蒼空が無表情のまま頷く。

 華穂がぽろぽろと涙をこぼす。

「そんな……そんな、頭の中って……ひどいよ。戻してよ。元の小雪ちゃんに……」

 その涙が華穂の膝枕で動かない小雪の頬をぽたぽたと濡らす。

 索漠の哄笑は続く。

「そうやって小雪だけを気にしてていいのか? 他に気にすることがあるだろ? だぜ」

 苛立ちと焦り、そして、言いたい放題な索漠にキレた碧海が怒声を上げる。

「オマエの意識が残ってるってことは“オレサマならクリスタルメーカーの暴走爆発を止められるんだぜ”とでも言いたいのかっ? ああ?」

 不意の呼びかけに理久が碧海を見る。

 もしここで索漠の答えが“Yes”なら、当然のように索漠は続けて“暴走を止めてやるから――”と“愛する碧海”に代償を要求するだろう。

 そして、碧海はそれをのむのだろう。

 それがどんな条件であろうとも。

 碧海とはそういう性格なのだ。

 もちろん、理久としては看過できる話ではない。

 しかし、他に選択肢は――ない。

 索漠の声が答える。

「残念だがそれはできないんだぜ。なぜならすでに暴走が始まってるんだからな。すでに制御が云々の段階は通り過ぎてるんだぜ。オレサマが言ってるのは暴走爆発そっちじゃない。こっちだぜ」

 縦横に細かい亀裂が走り続けている壁と天井が透き通って周囲の様子を映し出す。

 理久が、碧海が、蒼空が、華穂が、綺羅が、瑠奈が、颯が目を見張り、息をのむ。

 クレーターの広がる荒れ地だった境界域のほとんどは“黒い円”――イヤユメ時空との接合面に浸食されていた。

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