第9話 夢見る脳髄 その7
瞬時に室内を閃光が満たす。
その光が消えた時、そこには完全復活したフェアレーヌ・SORAがいた。
理久は頭の中で目の前のSORAと家で見た札木蒼空を重ねる。
戦闘服のせいもありまとう空気こそ違って見えるが、一重の感情のない目は確かに同一人物のものだった。
蒼空はその目で碧海を見つめて、ささやく。
「ったく、碧海ったら……。照れるだろ」
同時に索漠の怒声が響く。
「そいつら殺せえええええええええええっ――だぜえ」
周囲を囲んでいた寄生虫の大群が押し寄せる。
しかし、碧海と蒼空は意に介することなく言葉を交わす。
「一年ぶりだろ、大丈夫か」
「本気で言ってる?」
「もちろん冗談」
碧海と蒼空、それぞれの手元に光が凝集して長尺の武器へと形を変える。
碧海のものはストラップで首からさげられた火炎放射器――のようなエアブラシ。
蒼空のものは長さ1.5メートルほどのペン軸で尖端にはGペンらしきものを装着している。
理久はぽかんと口を開けて見ている。
まばゆいほどの輝きを放つ自分の妹とその親友の姿を。
碧海と蒼空がそれぞれの得物を構えて声を掛け合う。
「じゃ、行くか」
「ああ、行こう」
そして、群がってくる寄生虫の群れを蹴散らしながら“脳髄の索漠”を収めたガラス容器へと走り出す。
周囲の闇からはふたりを止めようとぞくぞくと新たな寄生虫が湧き出し、殺到する。
まるで卵子に群がる精子のように。
不意に碧海が立ち止まり、エアブラシを振り回す。
「ここは私が止める」
「任せた」
蒼空が答えて加速する。
碧海は蒼空に背を向けてエアブラシを構えると、その先端から赤い霧を噴き出させて追ってきた寄生虫群に浴びせる。
白い寄生虫は赤く染まったそばからぼろぼろと崩れて消えていく。
その隙にガラス容器に到達した蒼空が容器の索漠目がけてペン軸を振り下ろす。
ペン軸の直撃した容器にヒビが走る、砕け散る、内容液をまき散らす。
そして、床に索漠――の脳髄――がこぼれ落ちる。
同時に寄生虫の群れが殺虫剤をかけられた羽虫のように、あるいは制御を失ったドローンのようにぼとぼとと落ちていく。
静寂が戻った闇の中で、蒼空のもとへ駆け寄った碧海がピンスポットに照らされた石畳の床で痙攣する脳髄を見下ろす。
脳髄が碧海に問い掛ける。
「最初っからこうするつもりだったのか……だぜ」
碧海が冷たく答える。
「この一年間、私がなにをやってたと思ってんだ? ずっと蒼空を助けることだけを考えて、そのためだけにこの境界域にいたんだぜ? この部屋に蒼空がいることを突き止め、さらに呪ELエネルギーが残ってると入れないことを突き止め……。だから、オマエを利用したんだ。わざと呪ELエネルギーを使い切り、私に惚れてるオマエに結婚を条件にこの部屋へ入れさせる。もちろん最初からそうするつもりだったから、入室した後に必要になる呪EL源素を兄いにあずけておいて、その兄いを“結婚式”に呼ぶように仕向ける。すべては私の計画通りだったんだよ」
滔々とささやく碧海の様子に理久がぼそり。
「恐ろしいヤツだ。我が妹ながら……」
脳髄がつぶやく。
「その作戦にまんまとはまったオレサマをバカだと思ってるんだぜ? でも本当のバカはオマエらなんだぜ。オレサマはもうすぐ死ぬ。それがオマエたちの最後だということに……我々イヤユメの勝ちだということに気付いてないんだぜ」
「あ?」
エアブラシの先端を向けて“なに言ってんだ、こいつ”と不快感丸出しな表情で見下ろす碧海へ、脳髄は続ける。
「このクリスタルメーカーは慄冽が脳髄だけになったオレサマを制御系に流用することで“当初の計画以上”の過度な進化を遂げたんだぜ。その制御系であるオレサマが死ねば、誰が制御するんだ? 制御系を失ったクリスタルメーカーはこのまま動力炉が暴走して爆発するんだぜ」
そして、付け足す。
「碧海、あの世で一緒になろうぜ」
その言葉と同時に脳髄の痙攣がぴたりと止まる――完全に死んだことを示すように。
そんな脳髄に碧海が――
「なるわけねーだろ」
――吐き捨てて、エアブラシのノズルを向ける。
「成仏しろよ。閻魔様がお待ちだぜ」
その言葉を聞いて“そういや碧海は時代劇も好きだったなあ”などと思い出す理久の前で、碧海はエアブラシの尖端から黄色い霧を噴き出して脳髄に浴びせる。
脳髄は見る間に解けて――石畳の染みになった。
その様子に“同情すべきか否か”を迷って複雑な表情になっている理久へ碧海が告げる。
「ということだ。兄い、脱出するぞ」
しかし、我に帰った理久はそれを拒否する。
「ダメだ。クリスタルメーカーのどこかに華穂がいる。捜さないと」
その言葉が予想外だったように碧海が目を見開く。
「マジかっ」
そして、ひとりごちる。
「そりゃ捜さなきゃ、だな……よし」
碧海は石造りの壁面に霧を吹き付ける。
瞬時に壁面が溶解し、外の荒野が現れた。
そこから覗く空の様子に理久は身を震わせる。
クリスタルメーカーの触手に捕まった時以上に黒い円――“イヤユメ時空と境界域の接合面”が増えている。
「どーすんだ、これ」
思わず震える声でつぶやく理久のとなりで、碧海が眼下の荒野を見下ろす。
「お、いたいた」
理久もつられて目を落とす。
いきなり溶解したクリスタルメーカーの外装を見上げて身構える小雪と綺羅、瑠奈、颯の姿があった。
見下ろす理久と碧海、そして、蒼空に気付いた小雪が手を振る。
「蒼空ちゃんだにゃん。一年ぶりー」
しかし、蒼空は応えず、訝しげに目を細める。
「誰?」
碧海が笑う。
「小雪だよ。蒼空はマスコットキャラみたいなのしか知らないだろうけど、一年前からあの姿になったんだよ」
そして、小雪を促す。
「小雪、そこの全員連れて上がってこい」
「ほーい。わかったにゃん」
答えて、綺羅、瑠奈、颯を見渡す。
「みんな、行くにゃん」
四人の少女がクリスタルメーカーの外壁を駆け上がり、理久たちのいる神経叢室に飛び込む。
「蒼空ちゃん、元気そうだにゃん」
旧知の小雪は別格として、綺羅と瑠奈、そして、颯は初対面になる“先代”に緊張しているのか、少し、距離を離して頭を下げる。
そんな四人に碧海が状況を告げる。
「脳髄になってた索漠を始末したことで、もうすぐクリスタルメーカーが爆発する。誰か華穂の場所がわかる人」
そう言って女教師――この場合は“部活の上級生”が正しいのかもしれないが――のように挙手を促す。
しかし、四人の“下級生たち”は互いに顔を見合わせる。
華穂が綺羅、瑠奈、颯と入れ替わりにクリスタルメーカーへ捕らわれたことはわかっているものの、どこに収容されているかまでは誰もわかっていないらしい。
蒼空がぼそりと口を開く。
「……全員で手分けして捜すしかないな」




