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第9話 夢見る脳髄 その6

 思わぬ言葉に理久はぽかん。

「結婚式? 誰と……誰の」

 なんとなくイヤな予感を感じつつ、無意識に訊いていた。

 そんな理久へ、脳髄が予想通りの言葉を返す。

「もちろん、オレサマと宵闇――いや碧海の、だぜ」

「な……」

 絶句する理久に構わず脳髄が続ける。

「碧海が“結婚するのなら親族の祝福がほしい”と言うから義兄さんをつれてくるように小雪たちに伝言したんだぜ。ちなみにこっちの列席者はとっくに来て待っているんだぜ」

 別のピンスポットが離れた場所を照らし出す。

 そこにいるのは――慄冽!

 反射的に碧海を庇うように前に立つ理久に脳髄が笑う。

「ビビんなよ、だぜ」

 いつのまにか姿を消していた寄生虫が薄暗がりの中から姿を現して“つん”と慄冽をこづく。

 慄冽の全身が関節ごとばらけて石造りの床に散乱した。

 その惨状を見て思わず全身を硬直させる理久に脳髄が笑う。

「もう殺してあるんだぜ。あたりまえだ、“オレサマ(ヒト)”の身体で遊びやがって」

 その言葉にやっと“この口調”に聞き覚えがあることを、そして、その主の名を思い出し、ガラス容器に浮かぶ脳髄に目を戻す。

「おまえ……索漠か」

 声が答える。

「……久しぶりなんだぜ」

 浮遊乳児だった時の面影を微塵も残さない今の姿に理久は息をのむ。

 なにがあった? なぜ、こんな姿に?

 その時、背後から碧海がささやいた。

「兄い……兄い」

 理久が弾かれたように振り返る。

「碧海っ?」

 さっきは脳髄が別人のものとわかった嬉しさで、それ以外のことはなにも考えられなかった、なにも見えてなかった。

 しかし、改めて目にする碧海の様子は明らかに異常だった。

 無表情のまま人形のように突っ立っている碧海はじっと理久を見ながら“なんとか動かせる”と言わんばかりの震える唇から言葉を漏らす。

「約束の……」

 その言葉に理久はポケットから一組のピアスを取り出し、碧海の眼前にかざす。

「ここにあるぞ。これを僕が持ってる限り帰ってくるんだろ。そういう約束だったよな。な?」

 理久の目から自然と涙がこぼれた。

 しかし、碧海は答えない。

 ただ、その口元がぎこちなく開く。

 そして、赤い舌先を覗かせる。

 理久に、その意図するところはわからない。

 ただ“それが望む行為”であることを直感してふたつのピアスを碧海の舌に乗せる。

 理久の見守る前でピアスを乗せた舌が静かに口の中へ消える。

 静寂の中、少しの間をおいて口の中から“かり”となにかを噛み砕く音が聞こえた。

 そこで理久は気付く。

 このピアスがなんなのか、

 その“正体”を呆然とつぶやく。

「呪EL……源素」

 そんな理久に突っ立ったままの碧海がにやりと笑う。

 さっきまでの無表情から解放されたことを誇示するように。

 そして、ささやく。

「正解。はるばるthanks」

 次の瞬間、碧海の全身が光に包まれる。

 その光が鎮まった時、そこには戦闘態のフェアレーヌ・UMIの姿があった。

 理久は両目から溢れる涙を拭うことも忘れてつぶやく。

「よかった……碧海」

 今度はそんな理久を庇うように碧海が前に出る。

 しかし、脳髄の索漠は慌てない。

「まあた戦うつもりか? そして、まあた無残に負けるか?」

 周囲の闇から寄生虫の群れがふらふらと集まり、理久と碧海、そして、動かない蒼空を取り囲む。

 その様子に緊張する理久とは対照的に、碧海が笑う。

「さっきのが私の本気だと思ってんだ?」

 索漠が返す。

「負け惜しみ、強がり、虚勢……。いまさらそんなことを言っても、そんな態度を見せても無理があるんだぜ。さっき寄生虫どもがよってたかってボコってやった時に、オマエが本気でなかった理由がないんだぜ」

 碧海と索漠の言う“さっき”がなんなのか理久は知らない。

 ただ、ふたりの口調とこれまでの状況から推測することは容易にできる。

 碧海が一度この索漠が操る寄生虫群と戦って敗れていることを。

 しかし、碧海は――。

「さっきは本気じゃなかった理由? もちろんこの神経叢室へ進入するために決まってんじゃん。残留呪ELがゼロじゃないと入れない、蒼空が中枢神経と一体化しているこの部屋へね」

 その言葉に初めて索漠の声がうわずる。

「じゃあ嘘なのか、オレサマと結婚すると言ったのは嘘なのか。寄生虫アニサキスどもに嬲られ、変身を強制解除されて無残な姿になったオマエを、無様に命乞いするオマエを、結婚を条件にこの部屋へ招いてやったというのに。早くからオマエの正体を知りながら慄冽に黙っててやってたんだぜ? ずっとずっとずっとずっとずっとオマエのことを愛していたんだぜ?」

 碧海が高笑いで返す。

「残念でしたっ。結婚するつもりなんか最初っからねえよっ」

「じゃあオマエはオマエは。オレのことをオレのことをオレのことを」

 碧海がトドメの一言を放つ。

「もちろん、だ・い・き・ら・い」

 そう言ってぺろりと舌を出す。

 その上にはひとつのピアスが乗っている。

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」

 ガラス容器の液体に沸騰したような細かい泡を沸き立たせながら索漠が否定する。

 碧海はその様子を楽しげに見ながらささやく。

「嘘じゃねえよ。私がこの世界で“だーいちゅき”なのは――」

 口の中でピアスを噛み砕いて、かたわらの蒼空に唇を重ねる。

 そのまま、索漠に見せつけるように目線を向けながら、口中に含んだ呪EL源素を蒼空に注ぎ込む。

 そして、告げる。

「――蒼空だけだ」

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