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第9話 夢見る脳髄 その4

 クチバシの奥は薄暗い石造りの部屋だった。

 黙っていればどこまでも拡散しそうな恐怖と不安と緊張を散らせようと、理久は――

「……イカの腹の中とは思えない」

 ――無意識につぶやいていた。

 自宅の勉強部屋ほどの広さで窓はなく、なんの調度品もなければ生活感もないその部屋は中世欧州を舞台にした映画で見た牢屋か拷問部屋を思わせた。

 “巨大イカの体内”というワードから連想される生体要素をまるで持たないそんな室内で声を張り上げる。

「なんなんだよっ。ここって」

 もちろん答える者はいない。

 理久は“じっとしていることで増長する不安”を逸らそうと室内をうろうろしながら叫ぶ。

「なんなんだここはっ。僕は呼ばれたから来たんだぞっ」

 そして、耳を澄ます。

 なんの音も聞こえない。

 ああ、ダメだ。やばい。怖い――そんな感情に負けじとなんでもいいから声を上げようとしたその時、不意にささやかれた。

「その通りだぜ」

 慌てて振り向くと、すぐ目の前に“声の主らしきもの”が浮いている。

「ようこそ、だぜ」

 それは真っ白い蛇のような生物だった。

 正面には細かい牙の並ぶ口はあるが目はない。

 そのシルエットは改めて見ると、蛇というよりも理科室の標本棚で見た寄生虫のようだった。

「ついてこい、こっちだぜ」

 寄生虫が発光しながらついと空中を泳ぐ。

 理久としては言われるまま、後に続くしかしょうがない。

 いつのまにか開いていた壁の一画から室外へ出る。

 そこは等間隔で青白い炎が照明として灯されている石造りの廊下だった。

 自分と寄生虫の影がゆらゆらと壁を躍るのを見ながら石造りの階段を上がり、長い廊下の先へと進む。

 廊下の突き当たりで寄生虫が留まる。

 正面には仰々しい装飾を施された両開きの扉がある。

 寄生虫は理久を振り返ると、牙の覗く口でささやきかける。

「この扉の先に碧海とオレサマがいるんだぜ」

 “オレサマ”がいる?

 どういう意味だ?

 理久はその言葉に疑問を抱くが、すぐに思い直す。

 この先に碧海がいるというならば、なにも考える必要などないっ。

 寄生虫を押しのけ、扉に手を掛ける。

 ――が、扉は開かない。

「開かねえぞっ」

 苛立って怒鳴る理久に寄生虫が笑う。

「くっくっくっ。入るには条件があるんだぜ」

「条件?」

「この先は神聖な部屋なんだぜ。つまり、武器の持ち込みはお断りなんだぜ」

 そう言うと寄生虫はすいと高度を下げて理久の左手首に目のない顔を寄せる。

 理久が追って見下ろしたそこには呪能砲発射装置リストバンドが装着されていた。

 寄生虫が高度を戻して理久の鼻先で告げる。

「武器を手放して丸腰になるのが怖いのか? だったら、ここまでなんだぜ?」

 理久は自身の心中を見透かされたかのようなその言葉に迷い、考える。

 寄生虫の言う通り“呪能砲を手放すことは避けたい”が、それでは先へ進めない。

 ならば自分はどうすればいいのか……。

 しかし、続く寄生虫の言葉に我に帰る。

「碧海の要望で指名したが、当人に武器を手放す気がないなら、碧海と会わせるわけには行かないんだぜ」

 なにも迷う必要はなかった――理久は即座にリストバンドを外す。

 寄生虫が理久の顔を覗き込む。

「おや、素直なんだぜ? 怖くないのかだぜ?」

「確かに怖いけど……、だからって自分の身を守るために妹を見捨てたんじゃ、なにしにここまで来たかわからない」

 それはずっと理久の心に沈殿していた自己嫌悪の澱でもある。

 再会した碧海にやっと許してもらえたのに、ここで同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。

 寄生虫が笑う。

「ふふ、たいした兄妹愛だぜ。碧海が呼びたがるはずなんだぜ」

 その言葉を“碧海が自分に助けを求めている”と解釈しかけた理久だが、すぐに考えを改める。

 “助けを求めている”ならそう言えばいい。

 なのに、寄生虫が言ったのは“呼びたがる”?

 思い返せばさっきの言葉もおかしかった。

 “碧海の要望で指名した”だと?

 わからない、わからない。

 どういう意味だ?

 この寄生虫は、なにを言ってるんだ?

 そこへ飛来した新たな寄生虫が、理久の手からリストバンドを掠め取って暗い廊下の奥へと消えていく。

 唯一の武器を手放したことを少しだけ後悔した理久だが、すぐに“自分の判断にまちがいはないっ”と、心の中で自分に言い聞かせる。

 寄生虫が告げる。

「それで入れるんだぜ」

 理久は覚悟を決めると、改めて扉に手を掛ける。

 不意に扉が光を放ち、どこからか声が聞こえた。

「所有する呪EL濃度ゼロ。入室を許可」

 その言葉に理久が悔し紛れに、あるいは不安と後悔を誤魔化すように吐き捨てる。

「セキュリティかよ。生意気に」

 寄生虫は聞こえてないのかなんの反応も見せず――

「さあ、さあ、碧海とオレサマがお待ちだぜ」

 ――扉を開くよう促す。

 ここまで来たら迷ってもしょうがない。

 唯一の武器がなくなった以上、できることは“突入すること”だけなのだ。

 理久は一回大きく息を吸って、止める。

「この先に碧海がいる」

 息を吐きながらつぶやいて、ぐいと扉を開く。

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