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第8話 涙のかかと落とし その2

 目の上ぎりぎりで切りそろえた前髪と感情を感じさせない一重の目から、派手な印象の碧海とは正反対の――よく言えば真面目そう、悪く言えば地味な女生徒だった。

「あの子がそうだったんだな。見かけによらないというか」

 不意に碧海が噴き出す。

 そして、なにがおかしいかわからずきょとん顔の理久に答える。

「ああ見えて強いんだよ。兄いは知らない? ハルタっていただろ、私たちの一コ上に」

 その名を聞いた理久の脳裏に当時通っていた車原中央中学校の名物生徒だったひとりの女生徒が浮かぶ。

「あの赤い髪で厚化粧の」

「そう。そいつが蒼空に絡んでてさあ。蒼空ってああいうオタ系っていうか“腐”な見た目だから絡まれやすいってゆーか。で、私もその時ちょっと機嫌悪くてさ」

「割って入ったのか」

「うん。もちろんハルタに突っかかってったんだけど、そこにハルタの彼氏が通りかかってさ、高校生の。ぼこぼこに……やられた。あはは」

 一瞬呆れる理久だが碧海を諫められる立場ではないことを思い出す。

 自分は同じ立場でも助けることもせずに見殺しにしていたのだ。

 もし、その場を自分が目撃していたら碧海を助けに入っただろうか、ハルタの彼氏に立ち向かっただろうか――そんな自分の黒歴史を噛みしめながら話を促す。

「で、蒼空ちゃんは無事に逃げたのか?」

「ううん。逃げなかった。その場でハルタと彼氏をふたりまとめてぼっこぼこ」

「蒼空ちゃんがふたりを? ふたりが蒼空ちゃんを、じゃなく?」

「蒼空って小学生の頃から中学生とか高校生相手に喧嘩三昧だったらしくて。殴り合い、蹴り合い、関節の取り合い、ナイフ、警棒、チェーンみたいな武器の扱いから口ゲンカまでオールラウンダーだったらしい。それで中学に入ってからもみんなから敬遠されてたぽいんだけど、私はあんまりそういうの気にしないていうか……。もともと他人の噂話とかキョーミないし、話自体は聞いてたかもしれないけど、すぐにそういうの忘れるし。どーゆー人間かは聞いた話より自分で付き合って判断する方だから」

 改めて記憶にある女生徒――札木蒼空の姿を反芻する。

 やはりどう考えても今の話とイメージが結びつかない。

「見た目によらないもんだな」

「でも、中学に入ってからは喧嘩はやってないって言ってた。喧嘩するより漫画読む方が面白いって」

 そういえば――と理久は思い出す。

 碧海は小学生の頃から絵が好きで“いらすとれーたーになるもんっ”と、よく言っていた。

 漫画好きらしい蒼空とはそういう部分で意気投合したのだろうか。

 そんなことを思う理久に碧海はぽつり。

「ま、蒼空は蒼空で中学に入るまでいろいろあったみたいだけどさ。それはそーと――」

 碧海は前傾姿勢になると”相棒の話はそれまで”とばかりに話を変える。

「――驚いた?」

 いきなり問い掛けられた理久だが、なんのことかわからない。

 いや、違う。

 碧海に関しては驚いたことが多すぎて“なにを指しているのか”がわからない。

 正直に問い返す。

「なにが?」

「失踪の真相」

 ”驚いたでしょ? でしょ?”と目をキラキラさせる碧海に理久は期待通りの答えを返す。

「そっちか。驚くに決まってるだろ」

 碧海は“ふふん”と得意げな表情で|背もたれに身体を預ける《ふんぞりかえる》。

 理久が続ける。

「まさか自分の妹が国家機関と一緒に侵略者と戦ってたとか、誰も想像できないよ」

「だよねえ、だよねえ。うんうん」

 碧海は満足そうにサイドテールを揺らしながら頷くが、理久の言葉に気が付いたらしく真顔になって問い掛ける。

「でも“そっちか”てどゆこと? 他になんかあったっけ?」

「宵闇が碧海だったことだよ。でも、そっちはなんとなく予想してたけどな」

 碧海が一転して意外そうな顔を見せる。

「嘘だ」

「本当だ」

「どうしてさ」

「初めてここで会った時に“ドライバー”って言ったから」

 言いながら理久は胸ポケットから“ペン型ドライバーだったもの”を取り出す。

 その尖端はすでに宵闇だった碧海によって切り落とされて二度とドライバーの役を果たすことはない。

「確かに言ったけど……」

 碧海はあの時のやりとりを憶えてはいるものの理久の話に納得できないらしく、釈然としない表情で続きを待つ。

 そんな碧海へ理久が“ペン型ドライバーだったもの”をくるくると振り回しながら答える。

「初見だとボールペンにしか見えないこれがドライバーとわかるのは持ち主を除けば、買ったことのある人、もらったことのある人、作ってる人、売ってる人……あとはそれらが知り合いにいる人くらいのもんだろ。普通に考えればイヤユメのアンドロイド――宵闇はどれにも該当しない。もし、境界域から来てそれを知ってるのがいるとしたら消息が把握されてない碧海しかいない」

 碧海は“なーんだ”という表情で、改めて肘掛けに頬杖をつく。

「確かにね」

 しかし、理久は考える。

 思い返してみれば碧海が宵闇であることを思わせるのはそれだけではなかった。

 颯を収めた触手が理久に倒れかかってきた時に飛び出してきたのは、理久を庇うためではなかったか。

 理久の薬指として境界域へ戻った時に、元の姿へ戻る“一連の作業”を小雪にちゃんと見てるように告げたことも、今にして思えば“イヤユメの宵闇”ではなく“先代フェアレーヌの碧海”からの言葉だったと思えばつじつまが合う。

 ずっと碧海はひとりで戦っていたのだ。

 蒼空を助けるために。

 後任のフェアレーヌ5を助けるために。

 そして、巻き込まれた兄を助けるために。

 それを思って少し泣きそうになった理久は、今こそ“伝えるべきことを伝えねば”と意を決する。

「……あのさ」

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