第7話 現れた最終態と明かした本心 その7
思わぬ言葉に名指しされた華穂だけでなく理久と小雪も耳を疑う。
呆然と見上げる三人へ綺羅が続ける。
「なんの根拠もなく“大丈夫”とか、アホみたいにポジティブで、誰にも遠慮なく入り込んでくるその無神経さで、繊細な颯や自己評価の低い瑠奈がどれだけ傷ついてきたか知らないでしょう?」
華穂は自分に投げられた予想外の告白に混乱する。
それでも斑紋の綺羅へと精一杯の言葉を返す。
「あ、あたしはそんなつもりじゃ……」
しかし、綺羅の言葉は止まらない。
「華穂みたいに傷つくことをおそれない、周りがみんな仲良くなれると信じてるやつが一番不快なんですわ。私みたいにろくでもない人間に囲まれて育ったやつからすれば余計にっ」
最後は怒声になっている綺羅に圧されて、華穂は思わず謝罪する。
「あ、あの。ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい」
ひたすら謝り続ける華穂を理久が右手で押さえる。
「落ち着け、華穂ちゃん」
華穂が理久を振り返る。
「……でも、でも。綺羅ちゃんが、あたしのことを……不快だって……キライだって……」
泣きはらした赤い目に理久が語り掛ける。
「これは綺羅ちゃんの言葉とは思えない。クリスタルメーカーが華穂ちゃんの心を挫くために綺羅ちゃんの振りをしてるに決まってる」
そこへ慄冽の哄笑が響く。
「直接の言葉じゃないことに希望を残してるわけざますか? 今の言葉はクリスタルメーカーが華穂を絶望させるための創作とか思ってるわけざますか? ざあああああんねえええええんでしたああああああああっ。回収して結晶化させたついでに探り当てた“綺羅の本音”ざますっ。あはは、一年間一緒にがんばってきた仲間のつもりだったのに、実は嫌われてたとはなんて残酷な結末なのざますかねええええええ、ぶくぶく」
華穂はクリスタルメーカーを見上げているがその目は焦点が合っていない。
すでに心を砕かれた抜け殻と化している。
理久の心中に初めて慄冽への憎悪が湧き上がる。
さっきの言葉が綺羅の本心だったとしても、それによって傷ついた華穂を嘲笑う慄冽に対する怒りが爆発する。
「このカニ野郎おおおおおおおおおおおおおっ」
しかし、どこにいるのかわからない慄冽にその感情は届かない。
「さあさあそれくらいで許してあげるざます、クリスタルメーカー。そういえば、瑠奈と颯はどう思ってるのざますかねえ、ぶくぶく」
慄冽の言葉に応えるようにクリスタルメーカーの体表で綺羅の顔を形成していた斑紋が拡散して、再度、集まり、今度は瑠奈と颯を描く。
ふたりは醒めた目で華穂を見下ろしている、華穂を冷たく無言で見下ろしている。
それが瑠奈と颯の答えだった。
ふたりの顔が消え、元の不規則な斑紋に戻る。
同時にがくりと頭を垂れた華穂は――
「あ……ああ、あ、あーああー」
――なにも言えず幼児のような声を漏らすことしかできない。
「華穂っ、しっかりするにゃんっ」
そんな華穂をとなりから抱きかかえる小雪と、黙って見下ろすしかない理久に慄冽の笑い声が降り注ぐ。
「あとは小雪と華穂ざます、ぶくぶく。そのふたりを回収することですべてのゲートピースが収集されるのざます。そして、この境界域とイヤユメ世界が地続きになるのざます、ぶくぶく」
顔を伏せたままの華穂を支える小雪が理久に向けて首を左右に振ってみせる。
華穂の心が完全に折れたこと、破壊されたことを伝えるように。
理久はそんなふたりを庇おうと右手で覆い隠す。
慄冽の声がクリスタルメーカーに指示を出す。
「構わないからその男ごと華穂と小雪を食い潰すざます。華穂と小雪は結晶化して、男はそのまま栄養とうんこにしてやるざますわよ、ぶくぶく」
理久は精一杯の虚勢とともに怒鳴り返す。
「誰がうんこだっ、カニ野郎っ」
その理久目がけてクリスタルメーカーの触手が襲いかかる。
しかし――。
「っっっっ?」
目の前で起きた現象に理久は目を疑う。
理久目がけて突き出された触手を横から割り込んできた別の触手が遮っている。
理久が戸惑う、小雪が戸惑う、華穂は顔を伏せて泣いている。
なにが起きた?
なにが起こっている?
「なにをやってるのざますか?」
理久と小雪だけではなく、慄冽も戸惑っている。
理久はクリスタルメーカーに目を凝らす。
その胴部に散っていた斑紋が集束して新たな顔を描いていく。
理久はその顔を知っている。
一度だけ、家に遊びに来た碧海の親友――確か、名前は……。
「……札木、蒼空」
理久のつぶやきに小雪が察する。
「クリスタルメーカーの神経叢に介入してた蒼空の意識が、クリスタルメーカーの行動を妨害してるにゃんっ」
クリスタルメーカーの胴部に浮かんだ斑紋の蒼空が口を開く。
「……これまでだ。……諦めろ」
なにを言ってる?
誰に言ってる?
理久と小雪には蒼空が放つ言葉の意図するところがわからない。
しかし、蒼空は構わず続ける。
「そして……あとを頼む」
言い終えると同時に斑紋が拡散して蒼空の顔が消えた。
理久と小雪が顔を見合わせる。
「い、今のは……?」
「わからないにゃん」
そこへ答える声がある。
「わかったよ、蒼空。あとはまかせとけ」
理久が声の方へ顔を向けると同時に声の主が飛びかかってくる。
宵闇!
宵闇は理久に身構える隙もあたえず間合いに入る。
理久はただ立ち尽くす、全身を硬直させて立ち尽くす。
そして、その目の前で不意に起きた異常現象に目を見張る。
宵闇の体表が崩れていく。
長い髪が抜け落ち、身にまとっていたチューブトップとラップスカートが飛び散り、メタリックな体表がぼろぼろと垢のように剥がれ落ちていく。
そして、その身体の中に収まっていた者が姿を現す。
それは先代フェアレーヌであり、一年前に失踪していた理久の妹――碧海だった。
混乱のあまり理久は言葉が出ない。
「あ……あ、あ?」
碧海は理久の左手首をとると顔を寄せ、ぽかんと自分を見ている小雪を促す。
「小雪。帰還だ。急げ」
しかし、小雪は――。
「でも、でも、綺羅ちゃんが、瑠奈ちゃんが、颯ちゃんが……捕まってるにゃん。置いていけないにゃんっ」
碧海が声を荒らげる。
「だからといって今の自分たちがここにいてなにができるっ? 一旦、引き上げだ。そして、改めて奪還しにくるんだ。わかったな? 帰るぞ」
「……わかったにゃん」
理久の視界から境界域が消えた。
クリスタルメーカーの内部は“巨大イカの生体内であることを思わせるような生体構造”はどこにも見られず、まるで中世欧州で作られた石造りの古城のようだった。
その一室でタカアシガニがベッドの下から機械人形の死体を引きずり出す。
「……」
タカアシガニはぶくぶくと口元に泡を吹きながら死体を背負って部屋を出る。
もちろんタカアシガニは慄冽であり、死体は宵闇である。
慄冽は別の部屋へ入るとさまざまな大きさのガラス容器や実験器具が無造作に置かれた床へと宵闇の骸を放り投げ、その頭頂部をハサミ足で切り開いてメモリチップを取り出す。
そして、それをテーブル上のパソコンに挿入すると、機械人形の死体が“宵闇だった当時”の活動記録を表示させる。
「……」
記録は一年前から更新されていなかった。
「つまり、一年前から入れ替わってたということざますか」
つぶやいた慄冽はハサミ足を振り下ろし、パソコンを叩き潰した。




