第7話 現れた最終態と明かした本心 その5
自分たち以外に動くもののなくなった荒野で立ち尽くす理久に、その威力のすさまじさからぽかんとする間も与えず綺羅が小雪を促す。
「小雪、急ぐのですわっ」
「わかってるにゃん」
小雪が理久の身体を引っ張って先導する。
向かうのは宵闇が元に戻る“儀式”をやっていた触手の根本。
走り出した理久の手元で華穂が周囲を見渡す。
「慄冽とか宵闇ってどうなったんだろ」
瑠奈も周囲を窺う。
「一緒に吹っ飛んだんじゃ……」
颯がつぶやく。
「だったらいいんだけど」
しかし、綺羅は。
「あいつらがおとなしく消えるとは思えませんわ。油断は禁物でしてよ」
その言葉に理久も気を引き締めて周囲を警戒する。
が、直後に小雪の先導が止まった。
「ちょ、ストップ。止まるにゃん」
「え?」
慌てて立ち止まる理久の手元で、小雪はきょろきょろと左右を見比べると――
「こっちにゃん」
――左方向へと理久を引っ張る。
「ここにゃん」
立ち止まったそこは、理久にとってはなんの目印もない荒野の一画でしかない。
「ここ?」
戸惑う理久に構わず、小雪はかつて宵闇がやったように地面に顔を寄せる。
当然のように前傾姿勢になった理久は、そのままどっかと尻を着く。
「始めるにゃん」
小雪がいつになく緊張した面持ちで告げる。
そして、宵闇の時と同じ言葉をぶつぶつと唱える。
「時計、カメレオン、羅針盤、狼、とびうお、祭壇、コンパス、鳳凰、くじゃく、定規、三角、竜骨」
息をのんで見守る理久の左手の先に、あの時と同じバスケットボールほどの球体が現れた。
しかし、――。
「おかしいにゃん、おかしいにゃん。こんなの聞いてないにゃんっ」
突然、うろたえる小雪に華穂が声を掛ける。
「小雪ちゃん?」
颯が小雪の背に手を添える。
「落ち着いて」
綺羅は小雪と球体を交互に見ながら――。
「どうかしまして?」
そのとなりからは瑠奈。
「なにか違うんですか?」
小雪が四人を見渡す。
「なにかがジャマしてるにゃん。宵闇がやった時はなかった“侵入隔壁”みたいなのが」
予想外の言葉に動揺する理久とフェアリーヌ5へと、さらに六人を戸惑わせる声が降りかかる。
「索漠がちゃんと働いているようざますね、ぶくぶく」
六人が声の主を探して周囲を見回す。
気付いたのは颯。
「みんな、あそこっ」
小さな手が指差す方向へと一斉に目を向ける。
指差す先にあるのは爆裂型呪能砲で消し飛んだ十本の触手の根元部分。
理久はそのうち一本の切断面に違和感を覚えて目を凝らす。
内側からなにかが切断面を押し破って外へ出ようとしている?
さらに瑠奈が別の触手の切断面を指差す。
「あっちにもですっ」
綺羅が苛立った声と表情でつぶやく。
「やはり生きてたんですのね」
それぞれの切断面から姿を現したのはやはり慄冽と宵闇だった。
六人が見ている前でカニとアンドロイドはそれぞれの触手から地面へと降り立つ。
そこへ小雪が叫ぶ。
「“索漠が働いてる”ってどういう意味にゃんっ?」
宵闇が慄冽を見る。
そして、問い掛ける。
「確かに。私も、知らない。どういう意味、か」
その波形表示を走る波形が戸惑うように揺れている。
慄冽が答える。
「残ってた索漠の脳髄をクリスタルメーカーに移植しただけざます、ぶくぶく」
理久は混乱しながら、小雪が呼び出した球体を見下ろす。
クリスタルメーカーだと?
ということはこの球体はクリスタルメーカーとつながっているのか? クリスタルメーカーの一部なのか?
そして――索漠だと?
索漠がなぜクリスタルメーカーに?
慄冽が続ける。
「もともと一年の眠りから覚めたクリスタルメーカーは次の進化態へ移行するタイミングなのざます、ぶくぶく。でも、せっかくだから索漠の脳髄を加えることで、さらなる進化――過当進化を促すことに成功したのざます、ぶくぶく」
言い終えた慄冽がハサミ足を指揮者のように振り回す。
その動きに合わせて、小雪の呼び出した“バスケットボール”――“クリスタルメーカーの端末”が飛び上がり、慄冽のもとへと転がっていく。
慄冽がその球体に声を掛ける。
「クリスタルメーカー進化態、今、アイドリングを完了して姿を現す時が来たざます、ぶくぶく」
理久、華穂、小雪、颯、綺羅、瑠奈の前で根元だけだった触手が瞬時に再生して天へと突き上がる。
そして、一列に並んでいる再生触手が荒野を砕き、削り、えぐりながら移動を始める。
その動きから“触手が円形に配置を換えて、理久を取り囲もうとしている”ことを悟った小雪が理久を引っ張る。
「ここから離れるにゃん。囲まれるにゃん」
状況を察した華穂、綺羅、颯、瑠奈が力を合わせて理久を触手の円陣から引きずり出す。
理久もまた触手に背を向けて全力で走り出す。
全力疾走とは言っても左手を振り回すわけにはいかないことから珍妙なフォームとなるがやむを得ない。
そもそも、フォームに拘る陸上部でもなければ、元から足が速いわけではない以上、どんなフォームで走っても大差はない。
そんな理久が数十メートル離れたあたりで、左手の小雪が背後の触手を振り返って声を上げる。
「なにか出てきたにゃんっ」
理久が走りながら振り返る。
「ななななにがっ?」
目線の先で十本の触手が形作る円陣のかたわらから、土煙をあげてゆっくりと巨大な円筒が姿を現す。
“触手の円陣”からなんとか百メートルほどの距離をとった理久は“もう走れません”とばかりに立ち止まる。
そして、荒い息の中で、改めて新たに姿を現した円筒を振り返る。
円筒はゆっくりと横倒しになり、その断面を理久に向ける。
そこで初めて理久は理解する。
円筒が中空の管――荒野から生えた巨大な配管――であることを。
さらに、気付く。
この管がなんなのかを。
しかし、人並み以上に苦手な全力疾走を終えた直後では動くどころかうめくことしかできない。
それでも、なんとか呼吸を整えて“円筒の正体”を口にする。
「これは――砲身だっ」
同時にその砲身が黒い極太のレーザーを噴き出す。
狙っているのは理久の左腕。
フェアレーヌの五人がそれをかわそうと同時に理久の身体を押す。
が、一瞬、遅れた。
レーザーが理久の左手を直撃し、手のひらを吹っ飛ばす。




