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第6話 突撃! お宅訪問隊 その6

 訝しがる理久の左手が勝手に動いてドアに張り付く。

 その手を動かしたのはもちろん颯だった。

 颯は冷たいドアに張り付いて中の様子を窺っている。

 そうなると他の四人も位置的に付き合わざるを得ない。

 やっぱり家が気になるんだな――理久がそんなことを考えた時、扉の向こうから声が聞こえた。

 はっとして見下ろす理久を小雪が見上げる。

 小雪は人差し指を自身の唇に当てて“静かにするにゃん”とウインクする。

 その表情に理久は今の自分がフェアレーヌの一部であり、感覚を共有しているらしいことを理解する。

 そして、改めて耳を澄ませる。

 そこへ届いたのは――

「もう一回、言ってみろっ」

 ――男の怒声だった。

 思わず全身を硬直させる理久だが、手元の颯はじっと扉に張り付いたままぴくりともしない。

 理久は気を取り直し、改めて聴覚に意識を集中させて息を凝らす。

 扉の向こうで幼さの残る女の子の声が男の怒声に怒鳴り返す。

「何度でも言うよ。あたしはもう水泳も陸上もやめるからっ」

 その小学生らしい声を聞きながら“まだ学校は終わってない時間帯だが?”と思う理久だが、すぐに認識を改める。

 中学校で五人の女生徒が同時に失踪しているのだから、同じ市内の小学校が休校になっていてもおかしくはないのだ。

 扉の向こうで女の声が割って入る。

「お父さんもお母さんもあなたのために勧めてるのに、どうしてわからないの?」

 しかし、幼い声は――。

「そんなことばっかり言ってるから颯姉が家出したんだっ」

 無意識に見下ろした理久の目に、颯の身体が震えたのがはっきり見えた。

「それは関係ないでしょ」

 諫めるような女の声に幼い声が返す。

「予選で落ちて落ち込んでる颯姉に対してお父さんは怒鳴るだけでお母さんは冷たくて……。慰めてあげなかった、優しくしてあげなかった、これまでの努力を認めてあげなかった。その夜にいなくなったんだから、関係ないわけないじゃない」

 理久が思わずつぶやく。

「予選?」

 華穂が声を潜める。

「颯ちゃんは陸上部のエースで四種競技の選手なの」

 さらに小雪が補足する。

「四種競技ってのは高飛びとハードルと短距離と……あとひとつなんだっけ?」

 綺羅がぼそり。

「砲丸ですわ」

 理久は素直に感心する。

「……すげえな、颯ちゃんって」

 運動嫌いの理久にとって、それだけの競技で選手が務まるというのは十分に“超人”なのである。

 そんな外の様子とは無関係に幼い声が続ける。

「本当は颯姉は中学で陸上をやめるつもりだったのに。なんの競技でもいいから県の小学生記録出したら辞めていいって言ったのお父さんでしょ。颯姉は髪も伸ばしたかったのに、その約束を破って無理矢理続けさせて……。颯姉は限界だったんだよ。大会が近づく度に震えてたのに、泣いてたのに。それは練習が足りないからだって、努力が足りないからだって怒るばっかりで」

 女の声が遮る。

「いくら努力したってね、結果が出なければ意味がないのよ。そんな努力なんて誰も評価しないの。努力した、練習したって言っていいのは結果を出した者だけなの。そんなことくらいわかるでしょ」

 さらに男の声。

「そもそも“努力した”とか“練習した”とか“ここが限界”なんて言葉は負けた人間が言った時点でただのいいわけだ。敗者が口にしていい言葉じゃない。そのうえ、慰めだの優しさだの……そんなものを欲しがるような甘えた根性だから負けたんだ」

「颯姉は甘えてない。あんなにがんばって……」

 震える幼い声に容赦ない男の声が続ける。

「結果を伴わない努力など評価どころか物笑いの種でしかないんだ。オマエはまだ幼いから、オマエにとっての競争相手ライバルなんて所詮は同じ教室の仲良し同士だからわかってないだけだ。世間に出ればイヤでも思い知ることになるんだ」

 幼い声がそれまでよりひときわ大きくなった。

「結果の出ない努力が物笑いにしかならないのはお父さんの周囲がそういうクズしかいないだけじゃないっ」

 直後に頬を打つ音が聞こえた。

 反射的に身を縮めた理久は、続けて扉の向こうからぱたぱたと小さな足音が迫るのを感じる。

 慌てて理久がドアから飛び退いたのと同時にドアが開いて小学生の女の子が飛び出した。

 女の子はいきなり現れた理久に一瞬ぎくりと立ち止まるが、すぐに気を取り直すとそのかたわらをすり抜けてエレベーターホールへ走る。

「サチっ」

 続けて母親らしき女が追って出るが、図らずも遮る形になってしまった理久はどうしていいかわからないまま会釈する。

 そんな理久に母親が――。

「七尾? どうしてここに?」

「え?」

 理久が女の顔を凝視する。

 見覚えがあるぞ、誰だっけ、どこでだっけ。

 頭の中をかき回して――やっと思い出した。

 理久の通う高校の教師だった。

 担当は女子の体育。

 もし、理久が体育の授業に苦手意識がなく、さらに、親しい女生徒がいたらもう少し身近な存在だったかもしれないが“体育教師”で“女子担当”となると無縁の存在にもほどがある。

 そういや旦那もなにかの競技で全日本レベルの選手だったといううわさを聞いた気もする。

 まったく興味がないので適当にしか聞いてなかったが。

「あ、いや。えーと」

 “なにか言わなくては”と、思いつくまま口にする。

「今日は先生、休みですか」

 自身の的外れな“マヌケ問い掛け”に、またしても自己嫌悪に陥る。

「明日から研修なのよ。だから今日は準備で早退」

 もちろん理久はその研修がなんなのか知らないし、そもそも興味もない。

 適当に聞き流す理久に母親――女教師が問い返す。

「それより文科省のプロジェクトに参加してるんだって?」

 興味深げに聞いてくる母親から逃げるように理久の左手が理久の後ろにまわる――もちろん颯によって。

 その動きから颯がこの場を離れたがっていることを理解した理久だが、颯が理久の腕をエレベーターホールの方へと引っ張ることで、図らずも左腕はねじり上げられるかっこうになった。

「痛てててててっ。失礼します。痛いってば」

 理久は慌てて頭を下げてその場を離れ、エレベーターホールへ走る。

 一基だけのエレベーターは下降中だった。

 乗っているのはさっき飛び出した颯の妹なのだろう――そんなことを思いながら階数表示を見る理久の背後で、父親の怒声が廊下に反響する。

「追いかけなくていいっ。放っておけっ」

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