第6話 突撃! お宅訪問隊 その5
ドラッグストアで待っているタクシーに乗って、十五分ほどで次の降車地である郷巳川橋に着いた。
今度は落ち着いて下車した理久だが、さっきの華穂のように先導する者がいないことに気付く。
「ここは誰?」
誰も答えない。
「だあれ?」
「誰だにゃん?」
華穂と小雪に促され綺羅と瑠奈が答える。
「私ではありませんわ」
「あたしも違います」
全員の視線を受けてうつむいた颯がおずおずと手を挙げた。
「……私」
「このへんに颯ちゃんの家があるんだ? へえ」
今度は華穂が初めての土地ということで珍しげに周囲を見渡す。
午後の穏やかな陽光の下、ゆったりと流れる一級河川の川面で魚が跳ねた。
「あ、さかなさかな。見た? ねえ、今の」
「あっちにもいるにゃん」
「今度はお弁当を持ってきたいものですわね、瑠奈」
「いいですねっ。あたしが作ります」
「私だって作りますわ。負けませんことよ」
そんなのどかなやりとりを聞きながら颯が先導するのを待つ理久だが、颯は一向に動こうとせず春の陽射しをキラキラと返す川面をぼんやり眺めている。
その様子に“帰りたくないのか?”とも思った理久だが“事情があって迷っているだけかもしれない”とも思う。
とりあえず冰雨から引率を任されている立場上、外出の目的を果たさねばならない。
帰りたくないなら次の目的地へ向かうまでだが、迷っているのならその背中を押すのもまた引率者の使命である、たぶん。
「颯ちゃん――」
理久の掛けた声に颯がびくっと反応する。
やはりまだ警戒しているようなその表情に理久が続ける。
「――どっちへ行くでござるか?」
不意のサムライ言葉に、小雪と一緒に川面に目を凝らして魚を探していた華穂が噴き出す。
「なにそれー」
「いきなり“ござる”は反則だにゃん」
笑う華穂と小雪に理久はほっとする。
よく見れば、綺羅と瑠奈も笑っている。
「面白いか? なら、よかった」
気弱さや警戒心を窺わせる颯への理久なりの気配りのつもりだった。
しかし、颯の反応は――
「……誘導します」
――理久が期待したほどのものではなかった。
それでも“背中を押す”という効果はあったと、理久は自分に言い聞かせる。
先導されて着いたのは川沿いに立つマンションだった。
颯の誘導に従い、エントランスを抜けてエレベーターに乗り込む。
「……六階」
颯の言うまま、理久がボタンを押す。
そして、訪れる静寂の時間。
なぜ人はエレベーターの乗り込むと黙るのだろう――理久がそんなくだらないことを考えている間に六階に到着する。
踏み出したエレベーターホールの大きな窓から見渡せる市の景観に、華穂と小雪が感嘆の声を上げる。
「すすすすすすげえ高いにゃん」
「高いねえ。あ、学校、見えるよー」
「なかなかの絶景ですわね」
「あたしのお家、見えるかなあ」
はしゃぐ左手の中で、颯だけは別の場所にいるかのような表情で理久を引っ張っていく。
そして、突き当たりのドアを前に立ち止まる。
表札に書かれている名は“前橋”。
四人の名前が並ぶ三番目に颯の名があった。
しかし、理久は二番目の名前にも見覚えがあることに気付く。
とはいえ、どこで見たのかは思い出せない。
誰だっけ?
思い出そうとしていると――
「も、いいです」
――颯がつぶやいて理久をエレベーターホールの方へと引っ張る。
「え? え? いいのかよ」
思考を中断された理久は無意識に問い掛ける。
その声が諫めているようにも聞こえたのか颯がびくっと震えて理久の左手で立ち尽くす。
そこへ声を掛けたのは華穂。
「本当にいいの? あんなに帰りたがってたのに」
颯が返す。
「私は……私は境界域から逃げ出したかっただけで、あと、元の姿に戻りたいだけで……家に帰りたかったわけじゃ……」
「でもせっかく来たんだし……」
華穂に悪気がないことは理久にもわかる。
しかし、そんな華穂に――
「華穂」
――声を掛けたのは綺羅。
「人にはそれぞれ思うところがあるのですわ」
その言葉に華穂は素直に納得して颯に頭を下げる。
「そうだね。ごめんね、颯ちゃん」
さらに瑠奈も。
「あたしが帰りたいって言ったから……。ごめんなさい」
突然、頭を下げられた颯が慌てる。
「あ、いいの。そんな……」
同時に扉の向こうからなにかが聞こえた。




