第6話 突撃! お宅訪問隊 その4
翌日。
昼食を済ませた理久と冰雨が合同庁舎の前で待っていると一台のタクシーがやってきた。
普通ならテンションの上がる外出日は普段以上に早くから目が覚めて準備するものだが、すっかり日の高いこの時間帯になった理由はふたつ。
ひとつ目は理久とフェアレーヌ5の全員が眠りについたのが遅かったから。
颯、綺羅、瑠奈にとっては久しぶりの帰還であり、それはとりもなおさず“久しぶりのフェアレーヌ5全員集合”を意味する。
そして、普段はそれぞれの家で眠っている五人が図らずも――理久の左手という共通の宿主によって――夜をともにすることになったとあってはテンションが上がらないはずがない。
いわゆる急遽のお泊まり会である。
そのため傍観者の理久を含めて眠りについたのは日付が変わってからであり、激闘の疲労もあって正午前まで全員が泥のように眠りこけていたのであった。
もうひとつの理由は、タクシーが空いてなかったから。
都会とは違って私有車の保有率が高い地方都市ゆえにタクシー会社は市内に一社しか存在しなかった。
そこへ華穂たちの“女子中学生集団失踪事件”のうわさを聞きつけて市外から訪れた報道関係者や配信者が殺到し、理久たちが利用できる車両の確保は午後まで待たねばならなかったのだ。
冰雨に見送られてタクシーに乗り込んだ理久はメモ用紙に目を落とす。
“フェアレーヌ5のお宅訪問順路”と書かれたメモには五人が相談して決めたルートが書かれている。
それを見ながら運転手に告げる。
「見麻町からお願いします。ドラッグストアの所で降ります」
理久自身は行ったことのない土地ばかりなのでメモに従うしかない。
ちなみに固定用グローブを装着した理久の左手は、出発前に夜霧から渡されたフードを五人それぞれが被っていることで“指の部分がちょっと派手なグローブ”に覆われているようにしか見えないようになっていた。
合同庁舎を出て三十分、最初の目的地である“見麻町のドラッグストア”に着いた。
停車すると同時に理久の左手が落ち着きなく“早く降りようよ”と理久の身体を引っ張り始める。
そこでドアが開く。
「ちょ、待って……おわ」
思わず左手に声を掛けた理久だが、五人の方が強かった。
グローブを首から吊して固定していたストラップがぷつりとはずれて、理久の身体は車外に転がり落ちる。
「大丈夫?」
訝しげに声を掛ける運転手に慌てて右手を振る。
「大丈夫です。なんでもありません」
そして、立ち上がると同時にぐいぐいと引っ張る左手に引きずられるようにその場を離れる。
手首からははずれたままのストラップがぷらぷらと揺れているが、つなぎ直す必要はない。
それぞれの自宅までは左手の本人に先導してもらうのが手っ取り早いし、そうなるとストラップはむしろジャマになる――そんなことに気付いたから。
理久は左手の五人に声を掛ける。
「で、誰の家?」
“さあ”とばかりに顔を見合わせる四人を置き去りに華穂がはりきった声を上げる。
「あたしあたしっ」
そして、それまで以上に強い力で理久を引っ張っていく。
理久はといえば慌てて周囲を窺うが平日の昼下がりということで人通りはない。
仮にあったとしても“派手なグローブの左手を前に伸ばして歩く変な高校生”にしか見えないだろうと思い直す。
改めて目を向ける左手の先では綺羅と瑠奈と颯の三人が珍しげに周囲の町並みを見渡している。
その様子からこの三人も理久と同様にここが初めて訪れた土地であることがわかる。
「なんか意外だ」
理久の独り言に反応したのは小雪。
「なにがにゃん?」
「みんな、それぞれの家を知らないみたいで」
「それぞれが遠いからしょうがないにゃん」
確かに渡されたメモには市内全域に点在する地名が並んでいる。
昨夜、冰雨も言っていた。
市内のあちこちに散っているので路線バスだと無駄に時間がかかると。
それでなくても路線バスの本数が都会には遠く及ばないのだから、バスだけで市内の各所をオリエンテーリングするのは容易ではない。
それだけ各自の家が離れているということは、五人はそれぞれ別の小学校を卒業して、そして、中学で知り合ったのだろう。
しかし、理久はそこまで考えてふと違和感を覚える。
「ん?」
「どうしたにゃん?」
「いや、えーと……」
歩きながら右手だけでポケットから引っ張りだしたメモを見る。
そこに記載されている地名は三箇所――ということは“ご近所さん同士”の組み合わせもいる?
そう思った時、華穂が声を上げた。
「ここだよー」
そこは公営住宅の一棟だった。
華穂に先導されるまま着いた玄関前で、理久が“さて、これからどうする?”と思う間もなく華穂がドアチャイムを押す。
理久がうろたえながらも抑えた声で華穂を諫める。
「押してどーすんだよっ」
家族とは会わない約束なのに、もし、誰かが出てきたら――そんなことを考える理久の耳に、ドアの向こうからばたばたと慌ただしい足音が迫る。
やばい、誰か来る。
そう思ったのと同時に――
「華穂っ?」
――という真剣な声とともに若い女がドアを開いた。
女は玄関先に突っ立っている見知らぬ高校生――理久に怪訝な目を向ける。
「えと……どちらさん?」
理久は頭を下げる。
「あ、あの……初めまして、華穂ちゃんの……」
女の表情が一転して柔らかくなった。
「華穂のお友達?」
「ええ、まあ、はい。お友達です」
「心配してきてくれたんだ? でもまだ帰ってないの。ありがとう」
少しやつれて見える笑顔に、華穂の無事だけでも伝えようかと迷った時、その左手がぐいと後方へ引っ張られた。
理久はすぐに華穂が帰ることを促しているのを理解する。
せっかく帰ってきたんだからと思うが、一方で、だからこそつらいのだろうなとも思う。
自分のことを心配している家族に対面できない歯がゆさが。
「あ、あの。華穂ちゃんは元気です。もうすぐ帰ってきます。必ず」
後ずさりしながら伝える理久へ女は小さく手を振る。
「ありがとう。他のお友達にもよろしくね」
公営住宅を後にした理久はタクシーへと先導する華穂の背中に声を掛ける。
「姉ちゃんか」
華穂は振り向かず答える。
「うん。お姉ちゃん。二人暮らしなんだ」
「ふたりだけ?」
「うん。ちょっと前にパパとママが交通事故でねえ……。あたしも一緒に乗ってたんだけど」
「ひとりだけ無事だった、か」
半ば無意識にひとりごちる理久へ華穂が続ける。
「う~ん。あんまり無事でもなかったけど……。で、家賃払えなくなって追い出されて……。それであそこに引っ越したの」
「大変だったんだな」
「でも、大丈夫。まだ、大丈夫」
いつになく少し沈んだその声は、理久に返したというよりも華穂が自分自身に言い聞かせているように理久には聞こえた。
その様子に“聞かなくていいことを聞いたのかもなあ”と少し後悔した理久は頭の中を掘り返して慰めの言葉を探す。
しかし、会話スキルの低さからなにも出てこず、増長する自己嫌悪を感じただけだった。




