第6話 突撃! お宅訪問隊 その3
その問い掛けに祈るような瞳で頷く瑠奈だが、冰雨は“その提案なら検討するまでもない”と即答する。
「それは無理です。そもそもそのような姿で帰ってもご家族と対面するわけには……」
綺羅が、しょぼん状態で泣きそうな瑠奈を抱き寄せて冰雨を見上げる。
「別に家族に会わなくても家の様子を見るくらいならよろしいんじゃなくて?」
全員の視線を集めながらも綺羅は動ずることなく、自分よりはるかに大きい冰雨に続ける。
「私以外は、小学校の修学旅行くらいでしかこんな長い時間を家から離れたこともない皆様でしょうし、先行きの不透明感から来るストレスもあるでしょう。気分転換とは言いませんけれど、家族の様子を覗きに行くくらいは問題ないと考えますわ。見に行くことで元の姿に、元の生活に戻ることへの気持ちをアゲることにもなるでしょうし」
その言葉は理久にも理解できた。
さっき夜霧が言ったように次の境界域では慄冽や宵闇の妨害があるかもしれない――というよりもあるだろう、確実に。
そう考えると“慄冽や宵闇による妨害”という障害や困難に打ち勝つには、やはり、精神的な強さや支柱はあった方が断然いい。
その精神力の源になるのが綺羅の言う“元の姿や生活に戻ろうとする気持ち”であり、それを奮い立たせるためにも“ここで家族の様子を見ておくことはけして無駄ではない”ということを綺羅は言っているのだ。
冰雨は顎に手を当て少しだけ考える表情を見せたあと、ため息混じりに答える。
「そう言われると……わかりました。許可します。明日でいいですね?」
瑠奈が目を潤ませる。
「ありがとうございます、冰雨さん。綺羅ちゃんも」
華穂が綺羅に頭を撫でられている瑠奈に手を振る。
「よかったねえ、瑠奈ちゃん」
しかし、――理久は違和感を覚えていた。
境界域ではずっと帰りたがっていた颯が帰宅許可が出たにもかかわらず肩を落として見えることに。
そんな理久に冰雨が声を掛ける。
「引率をお願いすることになるけどいいですか」
全員がじっと理久を見上げて返事を待つ。
「もちろん、行きますよ」
理久の一声に左手から小さな拍手が送られる。
理久が面映ゆさの中でちらりと目を向けた先では、やはり、颯だけが顔を伏せていた。
それに気付かないのか気にしてないのか、冰雨が理久へ続ける。
「じゃあ、タクシーの貸し切りを手配しますので、それで」
その言葉に一転して理久の表情が渋くなる。
「タクシー、ですか」
理久の変化に冰雨が意外そうな表情で首を傾げる。
「ダメですか? 酔いやすいとか?」
理久は“恥ずかしながら……”と言わんばかりに頭を掻く。
「いや、ひとりで乗ったことがないもんで、タクシーは」
ぼそぼそと答える理久の左手から次々と声が上がる。
「大丈夫だよー。ちゃんと乗れるよー」
「そうにゃん。怖くないにゃん」
「あらあら頼りないこと。いざとなれば私たちがこっそりアドバイスして差し上げますので心配はご無用でしてよ」
「お願いします。理久さん」
せっかく決まった外出に水を差しかねない言葉を放つ理久を、華穂たちが全力でフォローする。
しかし、そんな中でも颯だけは相変わらず黙って、点いていないテレビをぼんやりと眺めている。
まるで自分は関係ないように、あるいは、拘わりたくないように。
そんな颯の様子が妙に引っかかる理久だが、もちろん、外出を断るつもりは毛頭ない。
「いや、行きますよ。乗りますよ」
冰雨が笑顔で返す。
「お願いします。みんなの家はそれぞれ市内のあちこちに点在しているので路線バスだと無駄に時間がかかるのです。支払いはタクシーチケットをお渡ししますので、それで最後に一括して払ってください」
「わかりました。やってみます」
そこへ夜霧が声を掛ける。
「これ、境界域へ行く前に話してた“あれ”っす」
夜霧が理久へ差し出したのは“もこもこした布でできた厚手の袋”だった。
「これは……?」
理久は戸惑いながら手にとってみたものの、なんなのかわからない。
その厚さや手触りや見た目から“鍋掴み”にも見えるが親指が分かれておらず、ものを掴むことはできそうにない。
「わかったにゃん」
声を上げる小雪に華穂も気付く。
「もうできたんだ? すごいすごい」
ふたりの反応に理久も思い出す。
「あー、“あれ”か」
残りの三人はわかってない。
「なんですの?」
代表して問い掛ける綺羅に小雪が答える。
「オーバーグローブだにゃん。これで理久がシャワーを使えるにゃん」
「……なるほど、わかりましたわ」
綺羅はこれがなんなのか、どういう目的で作られたものなのかを容易に察したようだった。
「とりあえず今日の理久くんとフェアレーヌ5の任務はこれで終わりっす」
声を掛ける夜霧に冰雨も席を立つ。
「遅くなりましたが夕食を用意します。今日はお疲れ様でした」




