泣き砂の浜で
その浜辺には、泣き砂があった。踏むと、かすかに「キュッ」と鳴る。
子どもの頃、母に連れて行かれた場所だった。
砂の音が、まるで心の声みたいで、ずっと覚えていた。
大人になって再び立ったその浜は、あの頃よりずっと広く感じた。
僕の胸の奥が広くなったのか、それとも、守っていたはずの何かがすっかり消えてしまったからなのか。
砂を踏むと、音がした。でもその音は、以前よりもずっと弱かった。
「僕の心も、こうやって鳴いていたのかな」
誰に言うでもなく呟いたら、波の音がゆっくり寄せてきて、まるで返事のように引いていった。
失ったものも、多かった。手に入れたものも、確かにあった。
でも、胸の奥にはずっと、説明のつかない小さな「痛み」が残っていた。
浜辺の端に座って空を見上げると、雲が流れていく。
その動きを目で追っていると、涙がひとつだけこぼれた。
泣くつもりなんてなかった。
けれど、その一粒が落ちた砂は、まるで応えるように、かすかに鳴いた。
あぁ、そうか。弱くなったんじゃない。
僕の泣き砂は、もう叫ばなくてよくなっただけなんだ。
踏みしめれば、「キュッ」と鳴る。そのかすかな音が、今の僕を肯定してくれる。
もう、泣いていいし、泣かなくてもいい。ただ、ここに立っているだけでいい。
そう思えたとき、潮の香りが、不思議とあたたかく感じられた。




