風が止まったとき
あの日、風がぴたりと止んだ。窓を開けても、カーテンは微動だにしない。
いつも流れていたはずの時間が、唐突に、止まってしまったかのようだった。
その静けさは、最初心地よかった。雑音が消え、世界が柔らかくなったようで。
けれど、しばらくして気づいた。静けさは、安心ではなかった。
ただ、何も感じないだけだった。
喜びも、悲しみも、やる気も、焦りも。
まるで全部が、風と一緒にどこかへ行ってしまったようで。
その頃の僕は、たぶんもう限界だったんだ。
心のどこかで何かが折れて、風を吹かせる力を失っていた。
ある日、ベッドの上でぼんやり窓を眺めていたら、ふと胸の奥がチクリと痛んだ。
理由も分からず涙が出た。
その瞬間、ようやく気づいた。――何も感じないことが、一番つらかったのだと。
泣いたあと、窓を閉めようとして気づいた。カーテンの端が、ほんの少しだけ揺れていた。
風なんて吹いてないと思っていたけれど、本当はただ、僕が感じ取れていなかっただけなのかもしれない。
それから、ほんの少しずつ、温度や痛みや、人の言葉が戻ってきた。
全部を受け取る力はまだない。
でも、もう一度、風が吹くのを信じられるくらいには、僕は僕を取り戻してきた。
誰にも見えない微かな揺れが、生きている証のように思えた。




