影の言葉
あの日からだ。
自分の後ろに、もうひとつの「声」がついてくるようになったのは。
歩けば、つま先に絡みつき、立ち止まれば、耳のすぐそばで囁いてくる。
「また失敗するよ」「どうせ誰も気にしていない」「やめておけば?」
まるで影が形を変えて、言葉になったみたいだった。
最初は振り払おうと必死だった。影なんて気にしなければ、
太陽の下に立っていれば、そのうち消えていくはずだと思っていた。
でも、どれだけ明るい場所にいても、その声はかすかに残る。
光が強ければ強いほど、影も濃くなるのだと知った。
ある日、ふと思った。――逃げずに話しかけてみたらどうだろう、と。
「そんなに心配してくれるのか」「失敗したら、そんなに困るのか」
そう声を返してみると、影は少しだけ静かになった。
気づいたんだ。この影は、敵でも呪いでもなく、ただの“古い自分”の声なんだって。
ずっと前の失敗や痛みを抱えたまま、今の自分を守ろうとしているだけの、不器用な、ひとつの記憶。
そこからだ。影に振り返ることを、怖がらなくなった。
影は今日も、足元にいる。けれどその声は、もう囁きではなく、風に混ざるようなかすかな気配になった。
「大丈夫だよ。ここからは、僕が歩くから」
そう呟くと、影は静かに揺れて、また、僕のあとをついてきた。




