八話
「あの、ほんとにわざとじゃないというか知らなかったっていうか」
「で?」
月明かりを背景に、ベッドに座って足を組んだ女が土下座をしている俺を蔑んだ目で見下している。
俺はその様子をチラチラと見ながら、恐る恐る言い訳を始める。
「で?ってあの、別に興味があったわけじゃないし」
「で?」
「いやそもそも見てないっていうか、光が眩しくて見てないっていうか?」
「で?」
「いやそのちらっとしか見えてないのでノーカウントにしてくれませんかね?」
「そんなの気にしてない」
「なんだよ、じゃあ別にガッツリ見たことそんなに焦って誤魔化さなくてよかったじゃないか」
「くだばれ青二歳」
そう罵って、彼女は正座していた俺の足を踏みつける。
長時間正座していて俺の足は完全に痺れてしまっており、踏まれるたび激しい痛みが走る。
気にしてないって言ったから正直に話したのに、理不尽極まりないったらありゃしない。
痛みに歪む俺の顔に満足したのか、しばらくするとまたベッドに座り、話し始めた。
「はあ。まぁ静香さんのことだし、祐希に連絡がいってなかったって話は本当なんでしょうね」
「連絡もそうだけどそもそもなんで俺の家にいるんだよ、雪音」
散々俺を罵ってきた相手の名前を口にして、それが実にいつぶりのことだったかと感じた。
そしてそれと同時に、皆も気がついただろう。
目の前にいるのが学校では天使ともてはやされている美少女、白河雪音だということに。
学校でのお嬢様っぽい女の子らしい感じとは一変、今俺の目の前にいる女は憎いほどに傲慢な態度で、お嬢様というより女王様といった方が正しいような感じだ。
これでムチでも持っていれば完璧なんだがな。
「なんでって私今日から一週間ここで生活するからよ」
「だからなんで」
「私の両親がお母さんの実家に行ったからよ」
「だからなんでうちにいるんだよ」
「その間可愛い可愛い一人娘が一人で生活するのが心配で仕方ないから苦肉の策として野獣の済むお隣さんの家に預けたってわけよ」
「野獣ってうちは犬も猫も飼ってないぞ」
「野獣はあんたよ察し悪いわね」
「やっぱり下着見たの根に持ってるのかよ」
「何かいった?」
「いえ何も」
そんな感じでここにいた理由を話す雪音。
クラスのやつが見たら幻滅するほどの豹変っぷりだ。
いや、むしろこれはこれでってギャップ萌え的な感じになるのかもしれないが。
それにしても、そんな大事なことを伝え忘れていた母親には後で少し注意をしなくてはならないなと思いつつ、今置かれている状況を改めて整理してみると、なんだかすごいなと感じた。
中学以来、家にくることどころか、喋ることもなかった幼馴染が今久しぶりに俺の部屋に来て、こうして昔のように普通に話せている。
もちろん完全に昔のままではないが、それでも幼馴染というのはそう簡単に変わるものではないんだなと実感した。
「何よ」
「いや、久しぶりに話したなと思って」
俺が雪音を見つめながらそんなことを考えていると、ぺちゃくちゃと文句を続けていた雪音が俺の視線に気がつきそう行って睨んできた。
でも仕方ないじゃないか。
偶然にも元に戻れるキッカケができたんだから。
中学一年のあの日から、止まってしまった俺たちの歯車を。
「まあ確かにそうね。ずっとクラスも違うかったし、私とあなたじゃ済む世界が違ってたし」
「はいはいそうですとも月とすっぽんで悪かったな」
「別にそこまでは言ってないじゃない」
口の悪さも、態度の悪さも、ちょっと不器用で根は優しいところも、昔と変わっていなかった。
なんだか少しだけ昔に戻った気がして嬉しさのようなものが込み上げだしていた。
そして、懐かしさに浸りそうになっている中、逆に冷静になって一つずっと引っかかっていた疑問を思い出した。
「てか、なんで俺の部屋にいたんだよ」
当然、と言えば当然に疑問である。
別に俺の家に泊まるからといって俺の部屋にいなくてもよかったのではないかという疑問は当然残る。
俺の家は別に広くないとは言え、来客用の部屋ぐらいはある。
しかも雪音は幼馴染で、昔は家に何度も来ていたのだ。
部屋の場所ぐらいある程度わかるはずだ。
実際俺の部屋の場所はわかっていたわけだし。
俺が色々な可能性に思考を巡らせていると、雪音が視線を逸らして、腕を組みながらぼそっと呟いた。
「こんなに早く帰ってくると思ってなかったから」
「それ理由になってないだろ」
「うるさいわね、あんたには関係ないでしょ!」
そういって、逸らした顔を耳まで赤くした雪音は、そのままの足で俺の部屋を後にした。
「関係大有りだっての。ここ俺の部屋だぞ」
俺は見えなくなった雪音を見ながら、扉越しにそうぼやくのだった。
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