十一話
四月も終わり頃になると暑くなるもので、俺は額を伝う汗を捲ったシャツの袖で拭った。
「夏が近づいている……」
俺は思わずそんな言葉を口にしてスマホを確認する。
時刻は只今十時の五分前。
約束の時間より少し早く到着したのはいつものくせだ。
正直今雪音と俺は同じところに住んでいるため、あいつがまだ出れないことはわかっていた。
というか、どうしてわざわざ待ち合わせをするのかもよくわからないかった。
そんなことを考えながらスマホをポケットにしまうと、周囲が少しざわつくのが感じ取れて、その方向に目を向けた。
周囲の視線の先には、俺の待ち人である雪音が歩いてこちらに向かっていた。
「はは、流石にそれは想定外だわ」
俺は思わず口にしてしまっていた。
真っ白なワンピースにミントグリーンの羽織を着ていて、銀色の髪はいつも以上に手の込んだ編み込みが入っていて、一目でわかる美しさだった。
「お待たせ、祐希」
「お、おう」
「変、かな?」
そういって俺に服を見せながら歯に噛む雪音。
俺はその光景が現実に怒っているものとは思えなかった。
夢?幻覚?とにかくそういった抽象的なもののように感じられた。
仕方がないだろう。
俺に対してそんな態度を取るのは、もうかれこれ四年ぶりなのだから。
明らかな他所行きの格好に、明らかな他所行きの態度。
まさしくみんなの知っている白河雪音とのデートそのものだった。
なるほどな、だから駅で待ち合わせだったのだ。
家からだとこのスイッチを入れられないから。
俺が頭の中で色々なことを考えていると、返事がないことに不安を感じた様子で雪音がちらちらとこちらを見ていた。
俺は少し恥ずかしい気持ちをグッと堪え、素直な感想を伝えた。
「いや、似合ってると思うぞ」
「ほんと?ありがとう」
そういった彼女は今度はにっこりと微笑んだ。
こいつの本当の姿を知っているのに、どうしても可愛いが勝ってしまう。
今目の前にいるのは間違いなく天使そのものだった。
「行こ?」
「あ、あぁ」
先導するようにクイっと俺のシャツを引っ張った彼女は終始ニコニコしながら前を歩いた。
るんるんというか、すごく楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
それはまるで本当の恋人とのデートを待ち遠しく思っていた女の子のような感じで、見た目は確かに現実離れしているのに、どこか人間味を感じる、そんな風に見える。
しかしまあ、そんな雪音の様子とは違い、周りの目線は凄まじかった。
なんだあの可愛い子は。
誰だあの一緒にいる男は。
なぜあんなやつが一緒にいるのか?
彼氏なのか、それとも友達なのか?
そんな声や声にならない視線が嫌というほど突き刺さる。
しかし、そんな周囲の反応にまるで気がついていないように、雪音は鼻歌混じりで改札を抜けていく。
俺はそれについて行くことしか出来ず、嫌な視線を無視して離れないように追いかけた。
「なるほど、そういうことね」
目的地と思しき場所の最寄り駅で降りた俺は、今回のデートの意味を理解してしまった気がした。
場所はそこそこ大きなショッピングモール。
中学になりたての頃、一度だけ雪音と来たことがあった。
その時は、俺は荷物持ちとして買い物に永遠に付き合わされたのだ。
「今日は買い物の付き添いか?俺は」
「違うよ、今日はデートだから」
俺が全てを理解して納得した表情でそういうと、雪音は即座に否定した。
しかし、そうなると本当に何をしにきたのかわからなかった。
行かんせん俺の前を歩く雪音は、目的地が決まっているように一直線に歩いていった。
そして、その場所に着くとこちらを振り替えった。
「映画?」
「そう、デートといえば定番でしょ?」
「そう、かもな」
そうやって曖昧な返事をした。
断定しきれなかったのは、葵が頭にちらついたからだった。
まあアレもデートといえばデートではあったのであながち間違いではないのかもしれないが。
俺たちはそのままの流れでどの映画を見るのかを決めに券売機へと向かった。
「何見るんだ?」
「これとかかな?」
そういって雪音が指を刺したのは、原作の小説が大ブレイクしていた恋愛系の映画だった。
「へー雪音もこういうの好きなんだ」
「私だってもう高校生だからね?」
そういって、不服そうに頬を膨らませる雪音。
そんな姿は少しいつもの子どもっぽさが垣間見れて少し安心感があった。
「じゃあこれにしようか」
「うん」
そうして俺たちはチケットを買って券売機を後にした。
「うーんなかなかいい話だったな」
「そうだね。ああいう恋愛憧れるかも」
そういって少し赤くなっている目をハンカチで拭う雪音。
王道の泣ける恋愛映画だったが、キャストのビジュアルが良くてかなり面白い映画だったと思う。
実際に隣のやつは声こそ押し殺していたがしっかりと泣いていたのでそれが何よりの証拠だろう。
「なんか本当にデートしてるみたいだな」
俺は、本当にただ、思ったことを口にしただけだった。
二人で待ち合わせして、映画見て、これこそまさに王道のデートみたいな感じだなと思ってそう言っただけだった。
しかし、何かが引っかかったのか雪音が急に頬を膨らませた。
「最初からそう言ってるじゃん」
「わ、悪い。なんか雪音とデートって実感あんま湧かなくてさ」
「あっそ、私といたら楽しくなかったんだ」
「いやそうとは言ってないだろ」
なぜかわからないがそう言って怒り出した雪音は、俺を置いて先にいってしまった。
俺は急いで雪音を追いかける。
「おい、ちょっと待てって」
どんどん先にいってしまう雪音だったが、ちょうど人ごみに遭遇してしまい、姿が消えてしまう。
「きゃっ」
「雪音!」
微かな悲鳴が聞こえて、俺は思わず手を伸ばして雪音の手を握った。
ドキドキと、鼓動が強くなる。
お互いの体温が少し上がっているのがわかった。
雪音の方を向くと、向こうも俺を見ていてちょうど目があった。
なんだか、今日初めて雪音と目を合わせた気がした。
「人多くて危ないし、な」
「う、うん」
そういって、雪音は俺の手を優しく握り返した。
小学生の時とは違い、雪音のては俺より一回りも小さくて、あまりにも弱々しかった。
「行くか」
「うん」
あまりにも恥ずかしくて、お互い顔を背けたまま、ぎこちない足取りで俺たちはデートの続きを再開した。
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