こんにちは、そしてさようなら②
電話がけたたましく鳴る。
家内は台所の横にある裏口近くに置かれている電話へと駆け寄る。
「はい、河内です」
家内が対応する間、私は倅へと目を移す。
右手のけがのせいか、不器用に椅子を引いている。
5歳の体には不釣り合いな椅子に座り、箸立てから箸をとろうとして落としている。
巻きなおしてもらった包帯を眺め、なにかをあきらめたのか左手で箸をとったかと思うと、また右手で箸を一本だけ取り、こちらに視線を向け不敵な笑みを浮かべる。
倅の行動の意味がわからず困惑するも、悟られないよう顔を引き締める。
何を企んでいるのか正直心が躍る。
倅の指を見ると、心臓に棘が刺さったかのような鈍い感覚があり、私の時は確かアンパンと牛乳だったかなと幼少期の記憶を紐解き、義父もこんな気持ちだったのだろうかと思案する。
「あなた、田村さんという方から至急の相談のお電話です」
受話器を胸に抱きながら家内はこちらに声をかけてくる。
受話器を握っているのだから電話以外になにがあるというのだろうか、家内はこういった少し間の抜けたところがある。
私は席を立ち家内から受話器を受け取る。
受話器を肩と頭で抑えこみ、電話の横に置かれたメモ帳とペンを取る。
「ああ」と電話をかわったことを田村に伝えると「河内さん?」と帰ってきたので、もう一度「ああ」と返す。
「河内さん、朝早くからすまねぇ、ちょっと大変で困ったっていうかおっかねぇことになっちまんです」
混乱しているのはよく伝わるのだが、つかみどこがない。
「わかんねえな」
あいてが混乱している時は、落ち着けというのはかえって相手の混乱を招くことがある。
一瞬の沈黙が走り、田村が一息吸う音が聞こえる。
「死体です。殺されてます。血だらけです。」
幾分ましになったように思えたが、後の一言で私は彼の混乱の意味を知る。
「ああ、あ、、アラ、ラ・・・アラガミです!」
田村は混乱の渦に深く引き込まれてしまったようだ。




