第19章 予定より40年早い未来
第19章 予定より40年早い未来
基礎科学研究所の大広間は、冬の朝の光が天井の高窓から差し込み、石の床を淡く照らしていた。重厚な机や書棚に囲まれた空間には、長年にわたって積み上げられた知識の重みが漂う。普段は静まり返ったこの場所に、今日は特別な緊張が満ちていた。国王・陽光がその足を踏み入れると、長い年月を経た大広間の空気が、一瞬だけ身を引き締めるように感じられた。
老学者のハルディンが、震える手で巻物を広げる。白髪の髪が光に反射し、まるで雪のように輝いた。彼の目は、歳月の深みを湛えつつも、興奮で少しうるんでいた。
「陛下……驚くべき成果が出ました」と、ハルディンは声を震わせながら告げた。「天体観測のデータをもとに、季節変動を精密に予測できる暦法が完成しました。かつては五年単位でしか予測できなかった農業や祭事の計画が、これからは月単位、日単位で管理できます」
その言葉に、大広間の空気がざわめく。学者たちの間から、小さな驚きと喜びの息が漏れた。陽光は額に手を当て、目を細めて深く考え込む。
「なるほど……40年早まったということか」と、陽光は静かに呟いた。その声は大広間に響き渡り、壁に反射して重みを増した。
その時、別の学者がゆっくりと立ち上がる。中年の化学者、リカールだ。手には試験管と簡易装置を抱え、誇らしげに微笑む。
「陛下、私からも報告があります」
リカールは声を張り上げる。「我々は化学の基礎理論を応用し、食物の長期保存方法を発見しました。穀物や野菜を従来の倍以上、品質を損なわず保存できるのです。これにより、収穫の変動に左右されず、国民の食料を安定供給できます」
学者たちは互いに目を見合わせ、微笑みを交わす。陽光は手を組み、慎重に頷く。
「保存食……なるほど。これで飢饉の恐れも大幅に減るわけだな」
その瞬間、数学者のエルメスが胸を張って立ち上がった。彼は巻物に複雑な数式を記し、指で線をなぞりながら話し始める。
「陛下、数列の応用により、税の徴収方式を大幅に改善することが可能です。具体的には、季節変動や収穫量の予測を基に徴税計画を組むことで、漏れがなくなり、国庫の収入は現在より二割増える見込みです」
「二割……」陽光は低く呟き、額に皺を寄せた。「40年後の計画よりもずっと早く、国の基盤が盤石になるわけだな」
大広間の奥、窓際に立つ若手学者たちも、目を輝かせて報告を聞いている。彼らの背筋は自然に伸び、未来への希望が胸の奥で膨らむのがわかる。誰もが、この瞬間を歴史の転換点として意識していた。
陽光はゆっくりと歩みを進め、巻物に目を落とす。そこには、天体の軌道図、保存食の化学式、税収のシミュレーションが一枚の紙に凝縮されていた。時代を先取りした成果が、目の前に具体的な形で存在することの重さを、彼はひしひしと感じた。
「では、これからどう進めるかだな」と陽光は口を開く。「国の未来を、40年早めたこの知識をもとに、全ての施策に反映せねばならぬ」
ハルディンが小さく頭を下げる。「陛下……この成果を活かすには、各地域の領主や村落単位での詳細な運用計画が必要です。学問の理論を現実に落とし込む作業が、これからの課題となります」
リカールも頷く。「保存食の管理や農作物の収穫計画も、地域ごとの気候や土壌を踏まえた指導が不可欠です。さもなくば、理論は絵に描いた餅で終わります」
エルメスが数式を巻物に沿って指でなぞり、静かに微笑む。「税制改革も同じです。徴収方法を制度に組み込み、監督機関を設ければ、初めて実際に成果が現れます」
陽光は深く息をつき、天井の高窓を見上げた。冬の光が差し込む大広間には、まだ解決すべき課題の数々が影を落としていたが、それでも彼の心には確かな手応えがあった。予定より40年も早く、国の未来が開けつつある――その事実に、言葉にならない感動が胸を満たす。
「よろしい……ならば、すぐに行動を開始せよ」
陽光の声には、決意と期待が混じっていた。「学者たちの成果を無駄にせず、国を一歩先の未来へと導くのだ」
大広間に静寂が訪れる。だがその静寂は、緊張ではなく、未来への希望で満ちたものだった。老学者も若手も、心の奥で同じ思いを抱いていた――この国は、40年も早く未来を手に入れるのだ、と。
陽光は深く頷き、巻物を手に取った。窓の外には、冬の冷たい空気に包まれた王都の街並みが広がる。その向こうに待つのは、誰も見たことのない新しい時代の光景だった。
学者たちの報告は、単なる知識の伝達ではなく、国の運命を変える第一歩となった。暦法、保存食、税制……どれもが、40年分の未来を今、手のひらに置くような成果だった。そして陽光は、確信していた。理論を実践に移せば、この国は誰も予測し得なかったほど豊かで安定した未来を手に入れるだろう、と。
その日、大広間に集った学者たちと国王は、歴史の転換点を目撃したのである。予定より40年早い未来は、すでに始まっていたのだ。




