4. 社会の反応
4. 社会の反応
王の布告と応用化学の禁止令が広まると、王国の都市や市場では、さまざまな反応が起こった。商人や職人、投資家たちは、長年培ってきた即効性のある利益追求の手段を制限されることに、最初は強い不満を示した。市場の片隅で、商人たちが眉をひそめながら声をあげる。
「応用化学が禁じられたら、新しい染料も薬も作れなくなるではないか!我々の商売が成り立たぬ!」
染料職人はため息をつき、薬草商は手を振りながら抗議した。彼らにとって応用研究は、日々の利益と生活を直接支えるものであり、王の布告は、まるで繁栄の源泉を断たれたかのように感じられたのだ。街の市場や港町では、口々に「基礎科学では腹は満たせぬ」との声が上がり、一時的に不安と動揺が広がった。
しかし、王はそれに動揺せず、冷静かつ明確に民衆に答えた。王宮の大広間で、声を落ち着けながら宣言する。
「基礎なき応用は、やがて破綻を呼ぶ。我が王国は、1000年を見据えている。今の利益は我らの目的ではない。」
その言葉は、聞く者の胸にじわりと重く響いた。短期的な利得ではなく、長期的な国家の繁栄を視野に入れた考え方は、多くの商人にとって理解しがたいものであった。しかし、王の沈着で揺るぎない姿勢は、反論を超えた説得力を持っていた。
都市の広場では、商人たちが互いに顔を見合わせ、議論を交わした。若い商人は、古老の商人に問いかける。
「本当に、基礎科学だけで我々の商売が未来に役立つのだろうか?」
老商人は少し考え込み、静かに答えた。
「……基礎が進めば、100年後には応用も爆発的に進むかもしれぬ。これまで我々が追いかけてきた短期利益とは異なるが、長い目で見れば、王の言う通りかもしれん。」
その言葉に、他の商人たちも頷き始める。応用化学や即時的な利益追求は、たしかに魅力的である。しかし、もし基礎科学が国家の力として蓄積されれば、後世には誰も想像できないほどの応用成果が生まれる可能性がある――その洞察が徐々に広まったのだ。
市場の空気は、最初の不満から理解と希望へと変化していく。商人たちは互いに肩を叩き合い、声を落ち着けて話すようになった。ある投資家は、心の中で決意した。「即効性の利益は捨てる。しかし、基礎科学を支援すれば、未来には必ず大きな果実が得られる。ならば我らは、国家の礎に資金を投じよう。」
この変化は、都市だけでなく学者たちの間にも影響を与えた。商人たちの理解と協力は、王国の科学政策に不可欠であった。王国の財政と民間資金が一体となり、長期的な科学の蓄積が可能となる。学者たちは、資金を受けるだけではなく、民間と国家の双方に責任を持ち、秩序ある研究を行う覚悟を新たにした。
王はその様子を王宮の窓から静かに見守った。街の人々の表情が少しずつ変わり、未来への期待と希望が広がっていく様を確認する。王の目には、学者と商人、国家と民間が一体となって千年の科学を支える壮大な絵図が浮かんでいた。
その日以降、山都谷火山王国では、基礎科学を中心とした秩序ある社会の流れが確実に生まれ始めた。即時的な利益に目を奪われる者もあったが、王の理念と政策に理解を示す者が増え、千年計画への第一歩は着実に進行していったのである。社会全体が、未来の科学国家への礎を共に築く意識で結ばれた瞬間だった。




