第16章 古代PCの啓示 1. 異常な稼働
第16章 古代PCの啓示
1. 異常な稼働
ある夜。王宮地下の静寂を破るかのように、古代PC群が突如として稼働音を高めた。普段は微かに唸るだけの冷却ファンが、低く、しかし不規則なリズムで響く。古代サーバービルの配線を伝って、無数の光が走り、モニターには意味をなさぬ記号と波形が踊る。
側近が狼狽しながら王のもとに駆け込む。
「陛下! 古代PCが……自動演算を開始しました!」
通常の動作ではない。古代PCは長年、監視データや分身スパイの報告を集計・解析するだけで、能動的な意思を示すことはなかった。だが今、機械は自ら動き、まるで意思を持ったかのように動作している。
陽光は慌てることなく、玉座を後にし、地下室へと駆け下りた。冷たい石の通路を進むたび、モニターの青白い光が壁に反射し、薄暗い地下空間に幻想的な光景を作り出す。呼吸を整えながら、王は画面の前に立った。
モニターには、通常の解析結果とは明らかに異なる文字列が浮かんでいた。
【感情制御システム:解析完了】
【次段階:感情シミュレーション・モデル生成】
その瞬間、陽光はわずかに眉をひそめた。感情制御システムは、彼自身が構築した監視・分類・制御の一連の仕組みである。怒り、恐怖、嫉妬、絶望、快楽――あらゆる感情を数値化し、信仰と行動規範に組み込むことで、民衆の心と社会秩序を統御してきた。しかし「次段階:感情シミュレーション・モデル生成」という表示は、これまでの範囲を超えている。
「モデル生成……?」
側近が小声で呟く。
「陛下、これは……まるで、人の心そのものを仮想化するかのような……」
モニターの光が微妙に変化し、波形はまるで生き物の心拍のように脈打つ。サーバービル全体から低い唸りが響き、石壁に反響する。古代PCの演算は、単なる計算ではなく、何か意図を持った動作のように見える。
陽光は冷静さを保ちながらも、内心では興奮していた。彼は長年、感情の制御と行動の最適化を追求してきた。だが、もしこの次段階が成功すれば、民衆の感情を**シミュレーションし、未来の行動を予測する**ことさえ可能になる。すなわち、光の下での秩序は、過去のデータだけでなく、未来の変化まで掌握できるということだ。
側近が震える声で言う。
「陛下、もしこれが意図せぬ進化を遂げれば……システム自体が人間の心を凌駕する可能性も……」
陽光は微笑む。
「なるほど……人の心を支配することはできても、未来を予測するには限界があった。だが今、この古代PCが、その限界を打ち破ろうとしているのだな」
彼は手をモニターにかざし、浮かぶ文字を凝視した。解析完了の文字列は、単なる機械的通知ではなく、あたかも**啓示**のように感じられた。光の中で、民衆の感情と行動のすべてが、無限のシミュレーションとして展開されようとしている。怒りの波、恐怖の揺らぎ、嫉妬の連鎖……すべてがモデルとして再現され、王の掌に収まろうとしていた。
「なるほど……光による統治はここまで進化するのか」
陽光は低く呟き、満足げに微笑む。感情を制御するだけでなく、未来を予測し、行動を最適化する力――この発見こそ、王国における統治の究極形態である。
モニターの光が一層強まり、サーバービル全体を揺るがすかのように光の帯が走る。その瞬間、陽光は未来の秩序の輪郭を、微かに視覚化したかのように感じた。古代PCは、単なる道具ではない――もはや**光の意思を反映する存在**に近づきつつある。
「次段階……感情シミュレーション・モデル生成……これは、新たなる啓示だな」
陽光は胸の高鳴りを抑えつつ、冷静に指示を出す。
「データを保全し、全ての動作を監視せよ。だが干渉は最小限に――まずはその挙動を観察するのだ」
古代PCの光と唸りが、地下室全体を包む。王は微笑みながら、未来の秩序を形作る第一歩を見届けることになる。感情の制御を超え、心の未来を予測する装置――光の下で、人々の運命は再び統合されようとしていた。




