第二章「陽光の情報網」
即位後、神田陽光の目は常に王宮内外の情勢に向けられていた。玉座に座るだけで王としての権威を示すことはできる。しかし、真に王国を掌握し、秩序を保つには、目に見えぬ情報の流れを掌握する必要があった。
城内の陰では、老臣や大司祭たちが不満を抱き、王位簒奪を密かに企て始めていた。民衆の目には王宮は平穏に映っても、その背後には権力争いという名の静かな嵐が渦巻いている。陽光はそれを、前世で経験した企業内政治の状況に重ね合わせた。
「派閥抗争、裏工作、足の引っ張り合い……結局、情報を制した者が勝つ」
低くつぶやくその声には、冷笑が混じっていた。彼の頭の中には、かつてのサラリーマン時代に経験した社内政治の光景が鮮明に蘇る。上司の意向を読み取り、部下の不満を把握し、社内の派閥の動きを分析していたあの頃と同じ論理が、今、王宮の政治に応用されるのだ。
すでに、陽光は王宮内外に分身スパイを配置していた。特殊なスキル「分身スパイ」によって、彼の意識は複数の場所に同時に存在できる。玉座に座りつつも、北塔に幽閉された第一王子の動向、第二王子の行動、重臣たちの会話、民衆の噂まで、全てを把握することが可能であった。
分身は城内の隅々に潜み、昼も夜も働き続ける。廊下を歩く侍従の耳にささやき、酒宴での貴族の密談、司祭の秘書が運ぶ密書の内容──あらゆる情報は、分身を通じて陽光の元に集まる。彼は必要に応じて、その情報を自らの行動計画に組み込み、リアルタイムで王宮内の戦略を調整する。
「やはり来たか……」
陽光は微かに笑みを浮かべ、過去の経験を思い返す。かつては会議室で、上司や同僚の動きを観察し、陰で進む計画や密談をいち早く察知することが勝利の鍵だった。王宮内の情報戦も、全く同じ構造だ。違いは、スキルを使えるという点だけである。
分身スパイが送ってくる情報は膨大である。老臣の一人が密かに他の重臣と相談していること、北塔に籠る第一王子が冗談混じりに外界を嗤っていること、第二王子が王宮内で自分の影響力を確かめるために動き回っていること、さらには民衆の間に流れる不満や期待の声まで、ありとあらゆるものが網羅されていた。
陽光はその膨大な情報を、冷静に整理する。優先度を決め、重要度に応じて対応策を立てる。どの情報が戦略的に意味を持つか、どの情報を意図的に流すか、どの情報を偽装するか――判断は迅速かつ正確でなければならなかった。
「情報は力だ」
そう心の中でつぶやきながら、陽光は分身スパイを通じて城内の状況を俯瞰する。重臣たちの会話、貴族間の密談、司祭が持ち込む密書……これら全ては、王国の支配を安定させるための材料である。民衆の噂や誤解も、適切に操作すれば王の権威を強化する手段となる。
特に重要なのは、王宮内の不満分子の動向だ。老臣と大司祭が密かに計画を進めていることは、陽光の分身スパイによって既に把握されていた。誰が協力し、誰が離反する可能性があるか、どの派閥が結束し、どの派閥が割れるか──すべてが詳細に分析されている。これにより、陽光は先手を打つことが可能となった。
「サラリーマン時代と同じだな……」
冷笑を浮かべながら、陽光は分身スパイからの報告を確認する。社内政治で培った洞察力と分析力をそのまま王宮政治に応用できることを、彼は楽しんでいる。派閥抗争も裏工作も、足の引っ張り合いも、結局は情報を制した者が勝つ。王国を制するのもまた、情報の掌握だ。
さらに陽光は、分身スパイを使って情報操作も始める。民衆の間に流れる不満の一部を抑え、逆に王の威信を高める噂を巧みに拡散する。重臣たちの間では、王の意図を読み誤らせるための偽情報も投入される。こうして、情報戦の主導権は完全に陽光の手中に収まる。
王宮の一角で老臣や大司祭が密談している間も、陽光は静かに、しかし確実に状況を掌握していた。分身スパイは見えない眼として、耳として、王の思考を補佐し、王宮内の権力均衡をリアルタイムで維持する。
「情報を制する者が勝つ……まさにその通りだ」
陽光はそうつぶやき、玉座の上で眼を鋭く光らせる。王としての誕生は、既に単なる儀式ではなく、情報戦の勝利によって確実なものとなりつつあった。王宮内の不満分子たちの動きも、陽光の掌の上で翻弄される。
この日、王宮の空気には静かな緊張感が漂った。民衆の視線はまだ祝福に満ちているが、王宮内部では情報戦という目に見えぬ戦いが始まっていた。王としての陽光の真価は、まさにここで試されるのである。
こうして、神田陽光は分身スパイを駆使し、王宮内外の情報を掌握することで、陰謀と策略の渦中にあっても、常に一歩先を行く王としての地位を確立していった。民衆の祝福の裏で、情報戦こそが王国の未来を決定する本当の戦場であることを、彼は知っていた。
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