2. 新経典としての布告
2. 新経典としての布告
王宮の大広間。日差しが石壁を淡く照らす中、陽光王は玉座の上に座り、山都谷教の新経典を布告するための準備を整えていた。地下で編纂された「感情的行動全般対応マニュアル」は、膨大な監視データと分身スパイ、アンドロイド兵からの報告をもとに、すでに民衆の生活や商取引、戦場での行動指針として翻訳されつつあった。
玉座の前には側近たち、信者たち、商人、農民の代表が整列している。広間には静寂が漂い、遠くからは鐘の音がかすかに響く。陽光は立ち上がり、ゆっくりと声を発した。
「山都谷教の信徒よ。新たな経典を布告する。すべての感情は太陽の光に照らされ、正しく制御されねばならぬ」
民衆の間に、微かなざわめきが走る。怒り、嫉妬、恐怖、絶望、快楽――人々の胸に潜む感情が、この瞬間、光に照らされる対象として意識されるのだ。
陽光は続けた。
「怒りを覚えたときは、深呼吸し、太陽に祈れ」
「嫉妬に囚われたときは、その光は他者にも等しく降り注ぐと知れ」
「恐怖に震えるときは、太陽は翌日も必ず昇ると信ぜよ」
「絶望に沈むときは、光は影を抱きしめると悟れ」
民衆は言葉の一つ一つを噛み締めるように聞いた。怒りを抑える行為は祈りに置き換えられ、嫉妬の感情は他者への光の分配として理解される。恐怖は自然の摂理、絶望は光と影の循環として再解釈された。すべての感情が宗教的規範に変換され、日常生活に組み込まれるのだ。
この布告により、単なる自己対話法は制度化された宗教儀式へと昇華した。朝の祈りや日没の瞑想の中に、信徒は自らの感情を太陽の光のもとで確認し、制御するようになった。怒りが湧けば、手を胸に当てて深呼吸し、太陽に祈る。嫉妬が生じれば、光が皆に等しく降り注ぐことを思い起こし、自己の心を調整する。恐怖を感じれば、太陽は翌日も必ず昇るという確信に支えられ、絶望は影と光の循環として受け入れる。
商人たちは市場で、交渉中に生じる焦りや苛立ちを「光に委ねる」ことで、冷静さを保つ訓練を始めた。農民たちは田畑で、収穫の不安や天候への恐れを太陽の祈りに置き換え、心を落ち着けた。兵士たちは戦場で、怒りや恐怖が頂点に達する前に、太陽への祈りと呼吸法を行い、精神を統制する。こうして、感情制御は日常の一部として、民衆の生活に自然に組み込まれたのである。
陽光は布告を終えると、静かに玉座に戻った。その顔には満足げな微笑みが浮かぶ。民衆の心はすでに光の規範の中にあり、太陽神の教えに従って感情を制御する準備が整ったのだ。側近が耳打ちする。
「陛下、民はすでに新経典を理解し、生活に取り入れ始めています」
陽光は頷き、窓越しに差し込む光を見つめた。
「光は、心を縛る剣にも、希望の灯にもなる……。これで、民は感情の嵐に翻弄されることなく、光の下で生きる術を手にしたのだ」
新経典の布告により、山都谷教は宗教儀式の枠を超え、人々の心理そのものを制御する力を持つようになった。怒りも嫉妬も恐怖も絶望も、すべて太陽の光のもとで秩序づけられ、民衆は日々の行動の中で、無意識に光の教えに従うようになったのである。
こうして、自己対話マニュアルは宗教的経典として制度化され、感情制御の体系は山都谷教の新たな柱となった。王宮の地下で編纂された膨大なデータは、民衆の心に形を変え、日常生活を光の秩序の下に置く――山都谷教はついに、心理と行動の統制を宗教の力として手に入れたのだ。
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