4. マニュアル通りの交渉
第12章 外交の帳簿
4. マニュアル通りの交渉
会議室には再び緊張の空気が漂う。
周辺大国の代表団は、山都谷帝国の急膨張を警戒し、疑念と不信を胸に秘めている。
だが、陽光には確かな戦略があった。
手元の帳簿には、古代PCで得たマニュアルを翻訳した「交渉の基本」が整理されている。
「よし……行くぞ」
陽光は静かに立ち上がり、分身リーマンたちの確認の視線を受ける。
まず、最初の基本――**相手を褒める**。
「貴国の伝統と勇気ある兵士たちには、我らも常々敬服しております」
代表団の一人の眉が少し緩む。意外性のある褒め言葉は、敵対心を和らげる効果を持つ。
分身リーマンたちは帳簿に目を落とし、次のステップを確認する。
次に、敵対ではなく“共通の敵”を提示する。
「だが、真に脅威なのは我らではなく、北方の蛮族の侵攻です」
部屋の空気は微妙に変わる。
代表団の顔に緊張と懸念が入り混じる。
彼らの視線は一瞬、互いに確認し合うように動き、やがて北方の蛮族という共通課題に意識を集中させ始めた。
この瞬間こそ、マニュアルが示す心理戦の核である。
「敵対ではなく協力すべき相手を認識させ、共通の利益を意識させる」――帳簿に記された理論が、現実の会議で見事に機能していた。
第三のステップとして、**取引材料を提示する**。
「農業技術と医学を共有すれば、貴国の民も救えるでしょう。
ただし、それには時が必要です」
陽光の言葉に、代表団の一人が眉をひそめる。
「時が必要……つまり、条件次第で協力は可能ということか?」
陽光は頷き、穏やかな笑みを浮かべる。
「はい。双方の利益を最大化するため、慎重に段階を踏む必要があります。
我々の提案は、貴国の民と領地の安定を最優先に考えたものです」
最後に、**期限を操作して時間を稼ぐ**。
「次の豊穣祭までに具体案をまとめ、再度会議を設けましょう」
会議の緊迫感は維持されつつも、陽光は相手に思考の余地を与える。
この戦略により、交渉は単なる押し付けではなく、協議のプロセスとして進行する。
代表団は困惑しつつも、一定の納得感を持った表情を見せる。
分身リーマンたちは帳簿を確認しながら、陽光に小さく頷く。
「予定通りです、陛下。相手の心理的バランスは完全に掌握されています」
陽光は会議室を見渡し、心の中で次のシナリオを描く。
帳簿に基づいた交渉は、相手の感情の揺れ、心理的な安心、利益の可視化、すべてを網羅している。
「次のステップでは、各王侯に合わせた個別提案を追加する……その準備も帳簿に記録済みだ」
代表団の一人が立ち上がり、言葉を発する。
「よろしい……貴国の提案には理がある。次回の会議で具体案を詰めることにしよう」
この瞬間、陽光の胸には静かな達成感が広がった。
マニュアルに書かれた通りの手順で、複雑な交渉を制御し、相手に納得を与えたのだ。
だが、陽光は知っていた。
「交渉はここで終わりではない。心理と戦略、利益のバランスは常に変化する」
帳簿には、今回の交渉のすべてを詳細に記録する。
各発言の反応、表情の変化、心理的効果――
これらのデータは、次回の会議や未知の相手との交渉に必ず役立つ。
陽光は小さく息をつき、分身リーマンたちに微笑む。
「よくやった。今日の交渉はマニュアル通り、完璧に制御された」
外交の舞台は再び静寂に包まれる。
だが、陽光の心には次の戦略がすでに描かれていた。
「帳簿に書かれた知識と戦略を活かせば、どんな外交でも導ける――いや、導いてみせる」
こうして、山都谷帝国の外交は、古代PCのマニュアルと帳簿の力によって、新たな局面を迎えた。
次なる挑戦は、王侯や諸侯が互いに交錯する複雑な政治の渦の中にある。
だが、陽光には揺るぎない自信があった。
「知識と戦略を記録し、心理を読む限り、未来の交渉はすべて帳簿に書かれた通りに動く」




