第五章「王の誕生」
王宮の大広間に、静かな祝祭の空気が漂っていた。神田陽光──第三王子として生まれながらも、前世の記憶と合理主義を武器に、ついに王位を手にした男。壇上の玉座には彼が腰を下ろし、その顔つきには覚悟と威厳が刻まれている。民衆と重臣たちの視線が一斉に集まり、空気は緊張と期待に満ちていた。
かつて滑稽な振る舞いで混乱を招いた第一王子は、北塔の奥で自らの「療養」に没頭している。塔の奥深く、薄暗い石壁に囲まれた部屋で、彼は時折笑みを浮かべていた。自分の意思で幽閉されたという体裁は保たれているものの、その心の奥底では、王位を巡る権力の動きを無力感と皮肉で眺めているに違いない。塔の中の空気は冷たく、外の王宮の喧騒は届かない。だが、彼の存在は常に、玉座の隣に空席として重く影を落としていた。
一方、第二王子は王宮の壁際に立ち、相変わらず無関心を装っている。彼の目は穏やかで、冷静で、まるで王位争いなど自分には関係ないかのようだ。だが、その内面には計算や感情が渦巻いているかもしれない。民や重臣はそれを読み取ることはできず、彼の態度は王宮の空気を静かにかき乱していた。
そんな中で玉座に座る陽光の目は、鋭く光っていた。前世の合理的思考が今も脳裏に鮮明に残っており、目の前の現実と将来の可能性を同時に計算している。民衆が抱く期待、重臣たちの忠誠度、城内外の政治的脅威──すべてが彼の頭の中で整理され、行動の優先順位に落とし込まれていく。
「次は……内政改革だ」
静かな声だが、玉座の上で発せられた言葉には重みがあった。民衆や重臣たちは息を呑む。これまでの王子たちは軽率だったり、無関心だったりした。しかし今、玉座に座る王は違う。計算された言葉と行動で、国の未来を自らの手で築こうとしている。民衆の中には、胸の奥に希望の光が差し込む者もいた。
陽光はまず、王宮の重臣たちに目を向ける。老臣から若手まで、彼らの表情を瞬時に読み取り、誰が協力し、誰が妨害する可能性があるかを判断する。表情一つで忠誠の度合いを測り、声のトーンで心理状態を把握する。前世で培った洞察力と合理的分析が、ここで完全に活きる瞬間だった。
「民のために、国を守るために、余は具体的な行動を始める。無駄な議論は許さぬ」
陽光の声は静かだが、耳に残る強さがある。重臣たちは自然と頷き、何人も異論を唱えられない。王としての権威は、演説や策略によって形作られるものだけではない。言葉と行動、そして判断力の一貫性が、民と臣下の心を掌握するのだ。
その眼差しは、王宮の外にまで向けられていた。火山の麓に位置するこの王国は、自然災害、隣国からの脅威、経済的な困窮、民衆の不満といった複合的リスクに常に晒されている。陽光はそれらの現状を冷静に分析し、改革の優先順位を脳内で整理した。農業政策の改善、治水事業、税制の見直し、軍備の再編成、外交関係の再構築──どれも避けては通れない課題だ。
民衆は玉座の上の王を見つめ、その冷静で力強い眼差しに未来を託す覚悟を固める。重臣たちは、これまでの王族のように感情や権力争いに振り回されるのではなく、理論的かつ合理的に国政を進める王の登場に、内心で安堵と期待を抱いていた。
一方、第一王子は塔の奥で笑みを浮かべる。幽閉された身でありながらも、王位を手にした陽光の動きを皮肉交じりに眺めている。だが、その存在は陽光の決意を揺るがすことはできない。第二王子もまた、冷静を装うことで王宮内の混乱を避けているが、陽光の決断と行動は、もはや彼ら二人では制御できないものとなっていた。
陽光は心の中で、次のステップを明確に描く。内政改革は、単なる政策変更ではなく、国全体の秩序を安定させるための戦略であり、民衆の信頼を王に集中させるための布石でもある。王の権威を盤石にするためには、効率的かつ大胆な決断が求められる。
玉座の上で深呼吸し、王としての姿勢を改めて整える。肩の力を抜きつつも、背筋は真っ直ぐ伸び、目には冷静さと鋭さが混在する。今や王国の未来は、彼の手の中で動き始める。第一王子の塔での存在、第二王子の冷静な無関心、そして民衆の期待──すべてを考慮した上で、陽光は王としての責任を全うする覚悟を固めた。
「王としての真の戦いは、これからだ」
心の中でそう宣言し、玉座の上で目を光らせる。王国を導く力、民を守る力、秩序を保つ力──すべてはこの手にある。王として誕生した神田陽光の物語は、ここから本格的に動き出す。
民衆の期待、重臣たちの忠誠、王宮内外の秩序――すべてが、これから始まる内政改革の舞台装置となる。王の誕生は、ただの称号の獲得ではなく、王国を変革するための出発点であり、火山の麓に広がる国の未来を左右する真の戦いの始まりだった。
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