第12章 外交の帳簿
第12章 外交の帳簿
1. 特殊コードの発動
古代PCの前に座った陽光は、マジックボックスを開く。
検索欄に慎重に指先を這わせる。
【特殊コード:外交マニュアル/高難度交渉対応版】
瞬時に画面が切り替わり、企業研修用の分厚いマニュアル群が表示された。
「国際交渉術」「コンフリクト・マネジメント外交編」「時間稼ぎと利益誘導戦略」――。
陽光は迷わず“即時納品”を選ぶ。
次の瞬間、机の上に山のような冊子とデータファイルが積み上がった。
冊子の厚みは指の力だけでは持ち上がらず、まるで小さな本棚を引き寄せたかのような重量感だ。
陽光はため息をつき、最も新しいファイルを開いた。画面の中に映るのは、ただの文字列ではなく、戦略的思考を誘導するインタラクティブなフロー図だった。
「なるほど……これは単なる理論書じゃない。状況ごとに最適解を導くプログラムでもあるのか」
指をなぞると、図が微妙に変化し、次の行動ステップが提案される。
それはまるで、マニュアル自体が生きていて、陽光に問いかけてくるかのようだった。
#### 2. 最初の実践
陽光はすぐに最初のシミュレーションを開始した。
想定される交渉相手は、規模の大きい国際企業の代表であり、利益追求型の交渉スタイルを持つ人物。マニュアルは、彼らの心理傾向や反応パターンを詳細に分析していた。
「まずは相手の基盤情報を収集し、こちらの優位性を示す……時間稼ぎ戦略で相手を誘導……利益分配の目安を提示……」
画面の指示に従い、陽光は仮想の条件を入力していく。
瞬く間に、交渉のシナリオが生成され、各選択肢にはリスクと利益の予測値が付与された。
その数字は、単なる統計ではなく、相手の心理変動や市場動向まで反映しているかのようだ。
陽光は自分の判断を信じつつも、マニュアルの提案を慎重に吟味した。
「数字に頼りすぎても駄目だ……だが、無視するのも危険だ……」
彼はペンを取り、紙の上に小さな帳簿を広げた。
ここには、画面上のデータを自分なりに咀嚼した結果を書き込む。
すなわち、古代PCの膨大な情報と、陽光自身の直感の融合だ。
この作業こそ、彼にとっての「外交の帳簿」の始まりであった。
#### 3. 心理戦の開始
次のシミュレーションでは、陽光はより難度の高いシナリオに挑む。
相手は感情的な要素を強く持ち、突発的な要求をしてくるタイプだ。
マニュアルは冷静に、感情の波を読んで対応策を提案してくる。
「怒りや不安に対しては、共感と情報提供のバランスを保つ……こちらの妥協点を先に示す……相手の要求を可視化して整理させる……」
陽光は一つ一つの手順を帳簿に書き留めた。
文字と数字の羅列ではなく、心の動きと意思決定の流れを可視化するための工夫だ。
彼は自分の筆跡に沿って、仮想の相手の表情や声のトーンまでイメージした。
「交渉は数字だけじゃない……人間同士の心理戦だ」
彼の眼差しは真剣そのものだが、どこか楽しんでいる自分にも気づく。
マニュアルの提示する最適戦略をなぞるだけでなく、そこに自分の色を加える――
これこそ、外交官としての創造性が試される瞬間であった。
#### 4. 帳簿の体系化
日が暮れる頃、陽光は大量のデータとノートを前に、体系化作業に取り掛かった。
「シナリオ別リスク管理表」「感情対応フロー」「利益誘導パターン一覧」……
紙とデジタルの両方で整理し、すべてが後から追いやすい形式にまとめる。
彼はふと思う。
「もしかすると、これが本当の意味での外交の帳簿かもしれない……情報を記録するだけじゃない。意思決定の過程そのものを可視化し、未来の選択肢を開くもの」
帳簿の一ページ一ページに、自分の思考の軌跡が刻まれる。
それは単なる手作業ではなく、未来の交渉における自分だけの羅針盤となるはずだ。
#### 5. 最終チェック
夜も更け、最後のシミュレーションが終わる。
陽光は机の前で深呼吸し、山積みのマニュアルと帳簿を見渡した。
光が反射するページの数々は、ただの紙の束ではなく、交渉のすべてを可視化した「知の塔」のように輝いていた。
「よし……これで準備は整った」
マニュアルの文字列は静かに光を失い、画面は暗転する。
しかし、陽光の心には確かな自信が宿っていた。
数字と戦略と直感をすべて帳簿に落とし込んだ今、未知の交渉に立ち向かう武器が整ったのだ。
こうして、古代PCの前で始まった特殊コードの発動は、陽光にとって新たな外交の領域への扉を開くこととなった。
帳簿に書き込まれた知識と経験は、やがて現実世界の交渉でも、彼を導く羅針盤となるだろう。




