第四章「即位の演説」
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王宮の大広間は、昼の光に照らされていた。扉の向こうには民衆のざわめきが満ち、内部では重臣たちがひそひそと話し合う声が響く。誰もが、父王の死を受けた王宮の混乱を肌で感じていた。玉座のそばには空席があり、第一王子は城北の塔に幽閉され、第二王子は影のように壁際に立つ。王宮の権力構造は、目に見えぬ変化を遂げていた。
第三王子・神田陽光は、ゆっくりと壇上に歩み出る。その歩みには軽さはなく、重々しい決意がにじみ出ていた。かつて軽薄で冗談めかした表情を見せていた王子の面影は微塵もなく、今は覚悟を決めた「新たな王」の姿に変わっていた。王族としての威厳と、前世の合理主義者として培った冷静さが、完璧に融合している。その顔つきは、まるで国家の命運を一身に背負ったかのようであった。
大広間のざわめきが、陽光の一歩で静まる。重臣たちは互いに視線を交わし、民衆は息を呑む。全員が、王子の次の言葉に耳を傾けざるを得なかった。陽光は深呼吸を一つ、胸を張り、堂々と口を開いた。
「父王は亡くなられた。だが悲しみに沈んでいる暇はない」
声は落ち着いているが、力強く、会場の隅々まで届く。民衆は自然と背筋を伸ばし、重臣たちは沈黙する。陽光の目は、壇上から一人一人を見渡し、確かめるように視線を走らせる。
「この国は火山の麓にあり、常に災厄と背中合わせだ。だからこそ、我らが団結し、新しい道を歩まねばならぬ。余は、その先頭に立つ」
言葉は簡潔だが、重みがある。火山の麓という地理的脅威を例に挙げ、現実的な危機感を共有することで、民衆と重臣に危機感と結束を同時に植え付ける。言葉の一つ一つに計算された力が宿っている。民衆は息を詰め、自然と拍手を控える。重臣たちの間には小さなざわめきが走った。
「第一王子は?」「第二王子は?」
誰かが声を上げようとした瞬間、陽光は静かに、しかし断固として言い切る。
「兄上は自ら療養を望まれた。弟は王位を望んでいない。この国を導けるのは、余をおいて他にない」
その声には一切の迷いがない。冷静で、理性的でありながらも、堂々たる権威が伴っている。言葉は重く、聞く者の心に直接響いた。重臣たちは互いに視線を交わすが、反論の声は誰一人として挙げられない。第一王子の幽閉は既に現実として受け入れざるを得ないものであり、第二王子の不在もまた揺るぎない事実であった。
陽光は内心で、民衆の心理と重臣たちの思考を瞬時に分析していた。民は、王の力強い言葉に安心感と希望を覚え、重臣たちは理論的に王位継承の妥当性を納得せざるを得ない。すべては計算通りだ。壇上から見下ろす景色には、混乱の残り香はあるものの、確実に秩序が戻りつつあることが視覚的に示されていた。
「我らが国の未来は、団結と知恵にかかっている。余は、その責任を全うする覚悟だ」
陽光の声は強く、揺るぎない。民衆は自然と拍手を送り、重臣たちは静かに頷く。長年の王宮政治の経験からくる戦略的言葉選びと、前世のサラリーマンとして培った論理的展開が完全に結びつき、誰もが反論できない状況が生まれていた。
壇上での演説が進むにつれ、民衆の表情は徐々に変化していった。恐怖や不安に支配されていた顔が、希望と信頼に変わる。重臣たちも、初めは疑念を抱いていたが、次第に陽光の計算された堂々たる態度に引き込まれていく。誰もが、この王子こそが国を導くにふさわしい存在であることを理解し始めたのである。
演説の最後に、陽光はゆっくりと両手を広げ、民衆と重臣を見渡した。目に映るすべての人々の視線を受け止めながら、心の中で次の行動計画を冷静に組み立てる。これから必要なのは、権力の安定化と民衆の支持確保、そして王宮内部の秩序維持。壇上の演説は、その第一歩に過ぎないのだ。
大広間の空気は完全に変わっていた。民衆のざわめきは、敬意と信頼のある静かな拍手に変わり、重臣たちは堂々と頷いた。陽光の冷静かつ力強い演説は、王位の正統性を誰の目にも明確に示した。
壇上に立つ神田陽光の顔には、微かな笑みが浮かぶ。かつての軽薄な第三王子の面影は完全に消え去り、覚悟を決めた王としての威厳がそこにあった。王国の未来は、今、この瞬間から、彼の手の中で形作られていく。
こうして神田陽光は、王位継承の演説をもって、民衆と重臣の前に「新たな王」として確固たる地位を築いたのであった。壇上に響く拍手の中で、王宮の秩序は確実に回復しつつあり、王国の未来への第一歩が刻まれた瞬間であった。
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