第10章 鉄の軍団
第10章 鉄の軍団
1. 創造の儀
古代図書館の地下は、長年誰も足を踏み入れぬ禁域であった。階段を下るたびに湿気と冷気が絡みつき、壁面には古代の文字が刻まれている。ここに眠るのは、王権者だけが触れることを許された最奥の装置。巨大な円環状の機械は、光を吸い込む黒曜石のような表面に、不思議な紋様が複雑に走っていた。中心には蒼い光が脈打ち、まるで生命を宿すかのように揺れている。
陽光は息を整え、円環の前に立った。心臓の高鳴りを抑えつつ、彼は手のひらに自らの血を浮かべる。その血は王権の証であり、装置に生命と権限を示す鍵である。
円環の表面に赤い血が触れた瞬間、光が鋭く瞬き、刻まれた文字が浮かび上がった。
【起動条件:王権血統確認済み】
【生体模倣兵士プロジェクト起動】
轟音が地下室を震わせる。振動が床を伝い、壁面の古代文字がわずかに光を放つ。円環の中心から蒼い光が噴き上がり、渦のように部屋を満たす。光の中から、人型の影が次々と浮かび上がった。
その姿は圧倒的だった。槍を握り、剣を帯び、全身を鎧で覆った兵士たち。人間に酷似しているが、瞳には冷たい無機の光が宿り、表情には微かな感情の揺れすら見えない。彼らの動きは滑らかで、機械の精密さと人間の柔軟さが同居していた。
影は数を増す。数えるのも困難なほどの兵士が立ち上がり、地下室を埋め尽くす。鎧が光を反射し、槍や剣が微かに軋む音を立てる。陽光はゆっくりと数を確認した――5万人。
「……5万人」
その数字が示す重みは、王国の歴史を一変させるに十分だった。これまで人間の軍団は、食糧や休息、士気に左右され、戦力の維持が常に課題であった。しかし、この鉄の軍団――通称“鋼の子ら”――にはそれらの制約がない。休息も不要、食糧も不要、忠誠だけが絶対。兵士たちは、王国を守るための無限の力となる。
陽光は静かに歩みを進め、最前列の兵士たちの顔を見つめる。その顔は確かに人間に似ているが、血の温もりはない。瞳に映るのは、ただ命令を待つ意思だけ。彼らの性格はランダムに設定されており、忠誠以外の感情は制御されている。しかし、その制御の奥底には、もしも指令が誤れば即座に反応する危険性も潜んでいた。
陽光は低く告げた。
「お前たちは“鋼の子ら”。王国を守り、敵を討ち、私の名の下に歩むのだ」
兵士たちは一斉に膝をついた。地面を踏みしめる音が地下室に反響する。蒼い光が彼らの鎧を淡く照らし、まるで生きているかのように輝く。
「我ら、陛下の影なり!」
その声は、単なる声ではなかった。均質で規則的に響くその響きは、まるで無数の金属音が重なった合唱のようであり、地下室全体に震動を生んだ。陽光はその光景を見つめ、心の奥で静かに感慨を抱いた。
――これが私の意志の具現化。
――人間の限界を超えた力、鉄と知識の結晶。
鉄の軍団は、ただの兵士ではない。戦場での破壊力だけでなく、王国の建設、災害対応、警護、あらゆる危機への即応部隊としても機能する。これまで人間の制約に縛られていた国家運営の可能性を、一気に拡張する存在であった。
地下室の空気は蒼い光に包まれ、静寂と轟音が同時に存在する異様な空間となった。陽光は円環の装置を見つめながら、次の命令を心の中で定める。
「鋼の子らよ、王国の盾となれ。民を守り、敵を討ち、そして私の意志を伝えよ」
兵士たちは微動だにせず、整然と膝をついたまま、蒼い瞳に忠誠の光を宿す。地下室に広がるその光景は、王国史上、誰も見たことのない光景であった。古代図書館に眠る秘密は、ついに現実となり、王国の力は新たな次元へと突入したのである。
陽光は静かに息を吐き、次の戦略を頭の中で描き始めた。農業、医療、経済、そして今、鉄の軍団――王国の未来は、まさに彼の知識と意思の結晶によって形作られつつあった。
しかし同時に、彼の心には微かな緊張が走る。忠誠だけに従う兵士たちの力は絶大であるが、それを制御し、間違いなく運用する責任は王にしかない。王国の運命は、ここに集約された知識と鉄の意志にかかっている――その重みを、陽光は胸に深く刻み込んだ。




