2. 医学の奇跡
2. 医学の奇跡
農業の成功が王国に豊かさをもたらしつつあったころ、陽光は次なる課題に目を向けた。それは命そのものに関わる領域、医学の革新であった。古代図書館から持ち出された透明板には、現代をも凌ぐ医術の知識が記されていた。消毒の概念、簡易的な麻酔、そして清潔な環境の重要性――これらの知識は、当時の医療においてはまさに奇跡と呼ぶにふさわしいものだった。
陽光は分身リーマンを集め、真剣な面持ちで話した。
「これが分かるだけで、死ぬはずの者を救える。農作物と同じく、命もまた守るべき種なのだ」
まず町ごとに小さな「治療所」を設置した。木造の簡素な建物ではあるが、床は掃き清められ、器具はすべて煮沸や消毒が施される。分身リーマンたちは医師として配置され、書物の指示通りに患者を診療した。最初は民衆も怪訝そうに見守った。
「こんなもの、祈りでどうにかなるのでは?」
「毒を使うとは……怪しい魔術か?」
しかし、その疑念はすぐに歓声に変わった。ある日、高熱にうなされ、意識を失いかけていた村の少年が、清潔な環境で治療を受けたことで目を覚ます。母親は涙を流しながら手を握り、周囲の村人たちも驚きと喜びで声を上げた。
「神の奇跡だ!」
「いや、陛下の知恵だ!」
次に産科の分野でも変革が起こった。以前は多くの出産で母子が命を落としていたが、麻酔と衛生管理の導入により、母親と新生児の生存率は格段に向上した。初めて安全に出産を終えた母親は、村中の人々に囲まれながら微笑んだ。その笑顔は、農業革命で得た豊かさの喜びとは異なる、生命そのものへの安堵と希望を象徴していた。
陽光は治療所を巡回しながら、民の表情を観察した。かつては病気に対して恐怖しか抱かなかった人々が、次第に自らの健康を意識し、予防や清潔の重要性を理解し始めていた。単なる治療の現場ではなく、民衆が科学的な知識に触れ、自らの命を守る力を学ぶ場になりつつあったのである。
町の広場では、分身リーマンが人々に向けて説明していた。
「傷を洗うこと、手を清潔にすること、病人を隔離すること――これだけで、多くの命を救えます」
人々は驚き、次第に熱心に聞き入った。理解するたびに、祈るだけでは防げなかった病が、手の届く範囲で防げるという自覚が生まれていった。
こうして医学の革新は、王国に新たな希望をもたらした。死の恐怖に怯えていた民は、初めて「助かる可能性」を実感することになった。寿命は延び、子供たちは健康に成長し、成人になって王国の経済や文化に貢献できる力を得た。人口の増加は、農業革命で確保された食料と相まって、王国全体の活力を飛躍的に高めた。
だが陽光は知っていた。知識は力であると同時に、使い方を誤れば混乱を招く危険もある。医療技術を広める際には、急激な変化に民が戸惑わないよう、段階的に伝える必要があった。だから彼は、治療所を単なる施療の場にとどめず、学ぶ場としても機能させた。分身リーマンは医師であると同時に教師となり、民に手順や理屈を伝えた。
冬の深まるころ、王国の各地で小さな奇跡が報告され始めた。遠くの村で、飢えと病に苦しんでいた家庭が、治療所の導入によって全員が元気に冬を越すことができた。噂は瞬く間に広がり、「陛下の知恵」と称えられるようになった。医療の知識は、単なる技術ではなく、王国全体に希望を蒔く種となったのである。
陽光は静かに治療所を見つめ、未来を想像した。農業と医学、この二つの基盤が揃えば、民の生活は確実に変わる。生命と食を守る力が王国に根付きつつある今、次は教育や技術の普及を通じて、知識をさらに社会全体に拡げる段階であった。
こうして、医学の奇跡は王国に現実の形で根を下ろし始めた。かつては祈りだけに頼っていた民衆は、科学的な手法で命を守ることを学び、希望と信頼を胸に、次の変革へと歩みを進めつつあったのである。




