3. 幽閉の策
---
王宮に新たな緊張が走った。第三王子・神田陽光が冷静かつ計算高く行動を開始したことにより、第一王子の滑稽な振る舞いはもはや、単なる不手際では済まされない問題となった。民や重臣は、誰もが「国を預けるにふさわしい存在は誰か」との問いに悩みながら、玉座を見つめていた。しかし、第一王子がそこに居座る限り、王位の正統性を主張する者の存在が邪魔になるのは明白だった。
「このままでは国の秩序は守れない」
神田陽光は、前世の合理主義者としての直感を頼りにそう確信した。理論的には、第一王子が玉座に座ったままでは、民や重臣の信頼は回復しない。玉座に就く姿は見せかけだけで、国政の実務は手につかない。それどころか、王国の統治能力が低下すれば、国は三年以内に内乱か外敵の侵攻にさらされる可能性が高い。
彼は深呼吸をし、目を閉じる。前世の経験が自然に体内の神経と結びつき、行動プランを練る。「憑依スキル・操作」の発動だ。
このスキルは、対象の意識を一時的に掌握し、言葉や行動を自由に操作できる。ただし倫理的な問題は伴うが、国を守るという大義の下で、陽光は迷わず使用を決断した。スキルの仕様を再確認する。操作対象には、本人の意識が抵抗しても言葉を強制的に発させられるが、発した言葉は「撤回不可」となる。つまり、重臣たちがどれほど抗議しても、操作された言葉は無効にできない。
「……よし」
陽光は瞳を光らせ、第一王子の存在を抑えるための最終手段を実行した。玉座に座る第一王子の顔に軽く視線を送り、操作を開始する。意識の奥深くに侵入し、無意識に語らせる言葉を組み立てる。第一王子は気づかぬうちに、言葉を紡ぎ出した。
「私は……療養のため、しばし塔に籠もりたい……」
大広間に静寂が訪れた。重臣たちは耳を疑い、顔を見合わせる。王子本人の口から出た言葉である以上、誰も反論できない。もちろんこれは陽光の操作によるものだが、見た目上は第一王子が自らの意思で宣言したことになる。
老臣の一人が震える声でつぶやく。
「……療養……?」
重臣たちは首をかしげ、誰もが眉をひそめる。第一王子は普段から軽率で無責任な印象が強く、塔に籠もるという言葉すらも滑稽に感じられる。しかし、王族の決定は法的効力を持つため、撤回は不可能だった。
神田陽光は表情一つ変えず、大広間の中央に立つ。心の中では、次の段取りを冷静に整理していた。第一王子を幽閉することで、王位の権威を保ちつつ、民や重臣への混乱を最小限に抑える。それと同時に、陽光自身が実質的な統治者として行動できる余地が生まれる。
第一王子は言葉を発した直後、自分の意思とは無関係に塔へ向かう準備を始める。侍従たちは戸惑いながらも指示に従わざるを得ない。城の北塔はかつての王族の幽閉場所として知られており、その安全性と隔絶性は保証されていた。塔への通路を進む第一王子の姿は、どこか滑稽でありながら、誰も手を出せない現実を示していた。
重臣たちは困惑しながらも、仕方なく承認の意を示す。
「王子の……療養ということなら、従うしかない」
「しかし、城の北塔に籠もるとは……」
呟きが漏れ、疑念は完全には消えなかったが、陽光の存在と権威により、異論を唱える者はいなかった。
塔の扉が閉ざされる瞬間、第一王子は振り返る。しかし、その目には抵抗の色はない。すべては「自らの意思」として周囲に映っている。神田陽光は心の中で冷静に状況を分析する。これで王宮における最大の障害は排除された。あとは、第一王子を幽閉した状態で国政を円滑に進めるだけだ。
大広間には再び静寂が訪れた。民の不安を最小化するためには、第一王子の幽閉は理にかなった手段であり、陽光の合理的判断が生きる瞬間であった。表向きには王子が自ら塔に籠もったという形でありながら、裏では陽光の意志によって国の秩序が守られる――まさに一石二鳥の策であった。
神田陽光は深く息をつき、心の中で次の計画を練る。民衆の心理、重臣たちの忠誠、そして国際情勢。全てを考慮した上で、王国を安定させるための手順を冷静に決定する。第一王子の存在を物理的に抑えたことで、彼の行動の自由度は増し、王国の未来を自分の手で形作ることが可能となった。
こうして、第一王子は城の北塔に「自らの意思」で幽閉され、王宮の権力構造は大きく変化した。民や重臣には、王子が自発的に療養を選んだように映り、誰もが異論を唱えられない状況が作られたのである。第三王子・神田陽光の冷徹で合理的な判断が、王国の秩序を守るための一手となった瞬間だった。
城内に戻る陽光の足取りは軽やかでありながら、冷静そのものだった。彼の目には、王国を守るための次の策が鮮明に映し出されていた。第一王子の幽閉は、単なる幕引きではなく、これから続く戦略の第一歩であり、国を守るための不可欠な布石であった。
---