第6章 影の罠
第6章 影の罠
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1. 新スキルの付与
夜の王城は、昼間の賑わいや光の喧騒からは一転し、静寂と陰影に包まれていた。石造りの廊下には、かすかな松明の灯だけが揺れ、その影が壁を踊る。陽光は城の奥深く、誰も近づかぬ部屋の中心に立ち、深く息を吸った。
「お前たちに新たな任務を与える」
低く響く声とともに、分身スパイたちが次々と呼び出された。姿は民に紛れた若い男女で、それぞれ千体ずつ。人間らしい生気を帯びつつも、どこか無機質な均質性が漂う。彼らの目は真っ直ぐに陽光を見据え、指示を待っていた。
陽光は掌を掲げる。掌から光が滴り落ち、空気を揺らすように床を照らす。その光はまるで液体のように分身たちに染み込み、一体一体の体を透過して内部へと流れ込んでいく。光が触れた部分から、分身たちの瞳は微かに輝きを増し、体の動きに微細な変化が生じた。
「これより、お前たちのスキルを強化する」
陽光の声に呼応するかのように、光が分身たちの体内で渦巻き、意識の深層にまで浸透していく。光とともに降り注ぐ新しい力は、単なる身体能力や感覚の強化ではない。人の心理や理性に直接作用する、極めて高度な精神操作スキルだった。
分身スキル強化:誘惑・詐欺
説明は簡潔だが、その威力は計り知れない。対象を魅了し、理性を鈍らせることができる。言葉巧みに契約や約束を結ばせ、気づいた時には撤回不能にする。まるで相手の意志を操る魔法のような力。高利貸しや商人ギルドの幹部に対して、この力を用いれば、遊びの場であっても手を縛ることが可能になるのだ。
陽光は冷静に分身たちの顔を見回した。「金貸しや商人ギルドの幹部どもを狙え。遊びのうちに罠を仕掛け、奴らの手足を縛るのだ」
言葉の端々に含まれる威圧感と確信が、分身たちの意識に刻み込まれる。彼らはためらうことなく、任務の完遂を理解した。微細な指先の動きや、瞳の輝きに、光の力が染み込んだ後の変化が現れ、理性よりも本能が優先されるようになった。魅了と詐欺のスキルは、分身たちを単なる道具ではなく、計算し尽くされた戦略家として機能させる装置となった。
陽光はさらに指示を加える。「だが忘れるな。表向きはすべて遊びの範囲内に見せるのだ。相手が警戒を解くその瞬間こそ、我々の力を発揮できるタイミングだ。罠は巧妙に、そして自然に仕掛けよ」
分身たちは光に染まったまま、微動だにせず理解を示す。陽光の意図が完全に伝わった瞬間、部屋には静寂が戻る。しかし、その静寂には、嵐の前の張り詰めた緊張感が漂っていた。
陽光は掌を下ろし、深く息をついた。城の奥に立つ彼一人の視線は、すでに次の展開を見据えていた。民衆が遊びを通じて学び、金の循環が自然に広がる一方で、権益者たちはまだ影の中で策を巡らせている。その二つの力を制御し、遊びの場で戦略的に介入する――それが、新スキルを付与された分身たちの使命だった。
陽光の目には、光の滴が染み込んだ分身たちが、目に見えない糸で結ばれた駒のように並んでいるのが映る。彼らは民の中に紛れ、遊びを通じて権益者の隙を突く。それは、経済と社会の秩序を揺るがす第一歩であり、無利子の世界への道を着実に切り開く行動だった。
夜の王城に、光の残滓が淡く揺れる。千の分身スパイたちは、すでに任務を理解し、次なる瞬間の行動に備えて静かに息を潜めていた。陽光はその光景を見渡しながら、冷静に、しかし胸の奥で確信した。「これで、影のざわめきに対抗する力が整った」と。
王都の夜風が廊下を吹き抜け、松明の炎が揺れる。千体の分身たちは、すでに民衆の間に溶け込み、光と影の間で任務を開始する準備を整えていた。無利子の世界を目指す陽光の戦略は、静かに、しかし確実に動き出したのだった。
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