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1. 庶民の遊びから始まる


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第5章 民の熱狂、経済の芽吹き


1. 庶民の遊びから始まる


投資ゲーム「金貨流転」は、王都中に瞬く間に広まった。数週間のうちに、市場広場の木製盤の周りには昼も夜も人だかりができ、駒を進める音、笑い声、歓声が絶えず響くようになった。


農夫たちは自分の作物の収穫を駒で表し、駒が収穫マスに止まるたびに小さな喜びを味わう。職人は店を開いたつもりで木札を数え、売上や投資の成功に一喜一憂する。子どもたちは歓声を上げながら駒を動かし、牧場や港の交易事業の成長を楽しむ。「おれの牧場が牛だらけだ!」と跳ね回る少年の声に、大人たちもつい微笑んでしまう。


老婆までもが盤面を見つめ、笑いながら呟く。

「うちの畑が焼けてしまったよ、ふふ」


博打のようでありながら、失うのは現実の金ではなく、木札という仮想通貨である。この安全な環境の中で、民衆はリスクを体験し、戦略的な判断を学んでいく。失敗しても怒りや後悔は現実の生活に直結せず、むしろ次の戦略への糧となるのだ。


民衆はやがて気づき始める。駒を一人で進めるよりも、仲間と出資し、共同で事業を育てたほうが勝ちやすいことに。木札を預け合い、損益を分け合うことで、リスクも最小化できる。自然と協力の価値が理解される。


「金を貸して利息を取るより、事業を一緒にやる方が儲かる」

商人たちも、ゲームを通じてその原理を実感する。これまでの商売では、利息や高額な手数料で利益を確保するのが当たり前だった。しかし、木駒と木札の世界で繰り返し投資を行ううち、協力による事業拡大のほうが効率的であることを学ぶ。


子どもたちの駒の動き、農夫たちの笑顔、商人の真剣な計算……すべてが、陽光の狙い通り、遊びを通じた経済教育の場となった。民衆は気づかぬうちに、資本の循環、リスク管理、投資の基本原則を身につけつつある。


市場広場のあちこちでは、木札を使った小さな商談や、協力の相談が生まれる。

「私の店に投資しないか?」

「なら、資源を分け合って事業を拡大しよう」


こうしたやり取りが自然発生的に起こることで、民衆の間に「協力して利益を生む」という価値観が浸透していく。遊びの中で学んだ原理が、次第に現実の生活や商売にも応用されるのだ。


陽光は城の高台からその様子を静かに見下ろす。笑い声と歓声に包まれた市場広場の光景は、まるで小さな経済実験の場のようだ。民が自らの意思で出資し、協力し、戦略を考え、成功と失敗を経験する。そのすべてが国家の経済教育の基盤となる。


「これこそ、我が狙い通り……」

陽光は小さく微笑む。権力で従わせるのではなく、遊びを通じて民が自発的に経済を学ぶ。この手法は、子どもたちの笑い声と歓声という形で静かに、しかし確実に国家の未来を変えていく。


金貨流転は、単なる遊びではなく、民衆の文化として根を下ろし始めていた。農夫も職人も商人も、子どもも老人も、木札と駒を通じて経済の基本原理を体験し、協力と競争の価値を理解する。民衆の間に芽生えたこの知識と感覚は、将来、王の無利子金融政策や経済改革の土台となるのだ。


市場広場は昼も夜も活気に満ち、木駒の音、歓声、笑い声が絶えず響く。民衆は楽しみながら学び、協力と競争を経験することで、自然と国家の経済構造を支える行動を身につけつつあった。


こうして、陽光の策略は成功しつつある。庶民の遊びとして始まった金貨流転は、民の知恵と協力を育み、国家の経済を動かす小さな芽を生み出していたのだ。




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