第1章 王位継承の政治劇
王宮の鐘が一斉に乱打され、深く重い音が城の隅々まで響き渡った。かつては王の威厳を象徴するその音も、今や恐怖と混乱の予兆となった。侍従たちは慌ただしく廊下を駆け回り、手に握った巻物を落とす者、途中で足をもつれる者、息を切らして城内の門番に知らせる者──誰もが、何を優先すべきか分からず、ただ混乱の渦中で動き回るばかりだった。
「陛下が……亡くなったというのか?」
城門前に集まった民や兵士たちも、さざめきとざわめきの中で不安げに声を漏らす。情報は錯綜し、口伝えに流れる噂は瞬く間に誇張され、真実と虚構の境目が曖昧になっていった。城内では重臣たちが緊急会議を開き、王位の継承について話し合う必要があったが、誰もが言葉を選び、慎重に足を踏みしめるように歩を進めていた。
第一王子は玉座に向かって進む。その歩みはゆっくりとして、まるで舞台の上で演じられる滑稽な芝居のようだった。冠を逆さにかぶり、玉座に深く腰掛けると、微かにはにかむような笑みを浮かべた。重臣たちは顔を見合わせ、眉をひそめ、目を伏せるしかなかった。その姿は王位に就こうとする者としての威厳をまったく欠き、誰もがため息を漏らさずにはいられなかった。
「この……」一人の老臣が口を開きかけ、言葉を飲み込む。咳を一つして、再び冷静を装うが、内心は動揺でいっぱいだった。第一王子が王座に座る姿を、彼はただじっと見つめるしかなかった。玉座の彫刻に手を置くその手は、震えているのか、それともただの仕草なのか、誰にも判別できなかった。
その様子を遠巻きに観察しているのは第二王子だった。いつも冷静沈着な彼は、第一王子の滑稽な振る舞いに眉ひとつ動かさず、淡々とした声でつぶやいた。
「好きにやらせればいい。俺には関係ない」
その声には無関心というよりも、深い諦観が滲んでいた。彼はこの国を背負う覚悟も、玉座に座る野心も持たない。心の奥底では、父王の死がもたらす混乱が、己には関係のない出来事であるかのように思えていたのだ。
城内の空気は重く、緊張で張り詰めていた。重臣たちは互いに視線を交わし、誰もがどう対応すべきか迷っていた。王座に座る第一王子の姿に希望を見出す者もいれば、呆れ果てて未来を悲観する者もいた。誰一人として、この国を確実に支えられる人物の姿を見出せなかったのだ。
やがて宮廷の扉が大きく開かれ、侍従が急ぎ足で駆け込んできた。「陛下の遺言です!」「国務はすぐに召集されるべきです!」声は震えていたが、言葉の重さは誰の心にも刺さった。重臣たちは一斉に立ち上がり、玉座に座る第一王子に目を向けた。しかし、王子はただ座り続け、言葉を発する気配はなかった。
第二王子は一歩前に進み、第一王子を一瞥した。その目には皮肉でも、嘲りでもなく、ただ静かな観察が宿っていた。「国は……崩れ落ちるのだろうな」と、彼は心の中でつぶやく。父王の死により、確かな指導者は失われ、王位を巡る混乱は不可避となった。民衆もまた、この不安を敏感に感じ取り、街角では囁き声が飛び交う。「王は亡くなった……」「次の王は誰だ?」
夜が更けるにつれ、城内の喧騒はさらに増していった。燭台の光が揺れ、影が壁に踊る。その中で、第一王子は玉座に座ったまま微笑み続け、第二王子は壁際に立ち、冷めた視線で周囲を見渡していた。誰も、王国を背負う気配を見せない。王座の重みは、まるで虚空に置かれたままのように感じられた。
重臣たちは息を呑み、玉座の前で互いに小声で相談を始めた。議題は明確だった。王国をどう導くべきか、誰に権力を委ねるべきか。しかし、どの道を選んでも、道の先には混乱と不安しか待っていない。城内の空気は冷え切り、過去の栄光や秩序の名残は、今や微かな影として漂っていた。
その時、第一王子はようやく口を開いた。「皆、心配しなくていい。父上の跡を、俺が……」言葉はそこで途切れた。重臣たちはその後に続く言葉を待ったが、彼はにやりと笑ったまま、何も付け加えなかった。
第二王子は静かにため息をつき、玉座から離れた第一王子を遠くから見つめる。王国の未来は、この滑稽な瞬間にかかっている。誰も覚悟を持っていない、誰も責任を引き受ける者はいない。王宮の鐘の音だけが、無情に夜の静寂を切り裂いていた。
そして、夜が更けるにつれ、城内の混乱はさらに増していった。誰も、この国を背負う気配はない。ただ、重苦しい空気と、王座に座る滑稽な王子、遠くから冷めた目で見守るもう一人の王子だけが、王宮の中心に取り残されていた。