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王の策



第20章(続き) 王の策


契約書に署名が交わされ、ギルド長たちは形式上、王の意向を受け入れた。しかし、誰もが胸の奥で重苦しい感覚を抱えていた。自由を奪われたわけではないが、国家に完全に掌握された現実が、思わぬ緊張として全員の心に染み込んでいたのだ。


その沈黙を破ったのは、王の使者の柔らかい声だった。「だが、陛下は甘い蜜もご用意くださった」


一瞬、会議室の空気が変わった。ギルド長たちは互いに眉を上げ、警戒と興味が入り混じった表情を見せる。蜜とは何か。裏協定の重さに押し潰されそうな心を、王はどう救おうというのか。


「王国はギルドに優先交易権を与える」使者はゆっくりと告げる。「他国との交易で生まれる莫大な利益は、王とギルドが半分ずつ分け合うのだ」


言葉の響きは穏やかでありながら、その内容は戦略的に完璧だった。自由を奪ったと思わせながらも、利益という形でギルドの欲望を巧みに刺激している。ギルド長たちは一瞬、逡巡した。半分とはいえ、王国という国家権力と直接利益を分かち合える権利は、決して小さくない。


「……取引成立だ」


長老格の商人が口を開く。彼の声には抑えきれぬ満足感が混じっていた。「半分でも、他国を独占できるなら十分すぎる」


会議室に小さな安堵の息が漏れた。契約の重さに押しつぶされそうになった心が、利益という甘い報酬によって少しずつ溶けていく。表向きは屈服の姿勢を見せつつも、ギルドは自らの生存戦略として、この条件を受け入れるしかなかった。


---


王の策は単純明快に見えるが、その裏には複雑な計算が隠されていた。


1. **支配と自由の微妙な均衡**

表面上は自由に見えるが、実質的には国家の承認なしに重要な意思決定はできない。ギルドは国家に従うことを前提に利益を享受する。自由を錯覚させることで、反発を抑えつつ、巧妙に縛る。


2. **利益の分配による心理的安定**

交易の利益を半分与えることで、ギルドは契約に従う動機を得る。国家権力との衝突を恐れるだけでなく、積極的に王国と協力するメリットを実感させる戦略である。


3. **国家権力の永続的掌握**

重要な情報や成果物は王国に報告させ、応用研究の軍事利用には承認を求める規定によって、長期的に国家権力の優位を確保する。利益の見返りは、ギルドの従属を柔らかくするための餌である。


---


長老格の商人は微かに笑った。経済的な計算は単純だ。優先交易権を持つことで、他国との取引を独占し、莫大な利益を得られる。国家の半分を差し出すのは大きな負担だが、他国に先んじる独占の価値に比べれば、些細な代償に過ぎない。


一方で、若い商人たちは眉をひそめた。利益の甘い誘惑に目を奪われる自分たちの心を、どこかで恥じている。しかし、長期的な戦略を考えれば、王国との協力は避けられない道だった。裏協定の成立は、まさに国家とギルド双方にとって最適な折衷策であった。


地下会議室の壁に映る影は、重く、しかし静かに揺れる。王の策略が完全に嵌ったことを示す影である。夜の闇の中で、ギルドは契約を受け入れ、表面上は自由を享受しつつ、裏では国家の掌中に収まったことを悟った。


こうして、裏協定は正式に成立した。表面上は平穏だが、王の布石によって、国家はギルドを巧みに支配し、ギルドは利益を享受するという微妙な均衡が生まれた。双方にとって利益をもたらす一方で、裏には緊張感が常に潜んでいる。


夜明けとともに、会議室を出るギルド長たちは、外界の光の中で新たな現実を感じた。王国の甘い蜜を味わう一方で、国家の鎖を忘れないようにと、無言の警告が胸に残る。これこそ、王の巧妙な策であり、国家と商人の間に築かれた危うい均衡の証であった。



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