第20章(続き) 裏協定の内容
第20章(続き) 裏協定の内容
月明かりが細く差し込む地下の会議室で、王の使者と商人ギルドの長たちが向かい合った。外界の喧騒はまるで別世界のことのように遮断され、石造りの壁にこだまする声が重々しく響く。
ギルド長たちは普段の豪奢な商館ではなく、この暗く冷たい部屋に足を踏み入れたことで、何か非日常的な空気を感じ取った。王の意思が単なる提案ではないことを、肌で理解していたのである。
「本日の議題は、双方の利害を調整した新たな協定についてである」
使者の声は柔らかいが、底知れぬ威圧を含んでいた。王がこの場に直接現れず、代理人を通すことで、戦略的な心理的圧力をかけているのだ。ギルド長たちは互いに視線を交わす。表面上は交渉の場だが、裏では王国の意志が静かに、しかし確実に押し付けられようとしていた。
テーブルの中央には羊皮紙に墨で記された契約書が広げられていた。筆跡は王室直属の筆耕士のもので、ひと目で公式文書とわかる厳格さを持っている。使者は一枚ずつページをめくりながら、条文を丁寧に読み上げた。
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**第1条:商人ギルドは王国法を根本として遵守すること**
「表面上は当然の規定に見える。しかし、細部を解析すれば、自由な商取引や独自の条約を結ぶ行為も王国の承認なしでは無効とされることが分かる」
一人のギルド長が小さく呟く。彼の眉間には微かな皺が寄る。王の意図は明白であった:表向きの自由を認めつつ、実質的な法的縛りを与えることで、ギルドの暴走を防ぐ。
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**第2条:王国の基礎科学研究から得た成果は必ず王に報告し、分配すること**
この条文は、ギルドの研究開発部門に対する最初の制約を意味していた。基礎研究から生まれる新技術や材料は、いかなる場合も王国に報告し、その利用を分配する義務がある。ギルドにとっては不本意な規定だが、王国の科学研究が直接商業利益に転化されることを防ぎ、軍事や国家戦略に利用可能にする巧妙な条文である。
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**第3条:応用研究の成果は商人が管理してよいが、軍事・外交利用は王国の承認を要する**
応用研究については、一見ギルドに一定の裁量を認める柔軟な条項だ。しかし、裏を返せば、戦略的価値のある成果はすべて王国が最終決定権を持つ。ギルドは自由を享受しているようで、重要な成果は常に王の掌中にあるということだ。
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**第4条:規約に背いた場合、財産没収と商会解体**
最後に示されたのは最も厳しい罰則である。財産没収だけでなく、ギルドそのものの解体まで規定されている。この条文は単なる脅しではなく、王の権力を裏書きする法的拘束力である。商人たちは思わず息を飲む。自由の象徴であったギルドが、一枚の契約書の前でいかに脆弱であるかを思い知る瞬間だった。
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会議室の空気は一層張り詰める。ギルド長たちは表情を崩さず、しかし内心では王の策略を読み解こうと必死だった。自由を奪われるという不満と、国家の保護下で事業を続けられる安全の間で揺れ動く心理。王はその微妙な均衡を巧みに狙っているのだ。
「表向きは商人の自由を認め、裏では完全に掌握する」
頭領は心の中で呟いた。王の布石は見事に嵌っていた。ギルドは契約書に従わざるを得ない。しかし、どの条文も一歩間違えれば、国家の利益に反する行為とみなされ、即座に制裁される。
契約書に署名する前の緊張感は、まるで剣の先に立たされているかのようだった。長たちは互いに短い視線を交わす。「この条文は、我々の自由を奪う。しかし、拒めば死の代償が待つ」
羊皮紙にインクが落ちる音だけが静寂を破る。契約は成立し、表面上は互恵的な協定に見える。しかしその内実は、王国の策略に完全に組み込まれた巧妙な罠であった。夜の闇に沈む地下室で、国家とギルド、双方の思惑が静かに、しかし確実に絡み合っていった。




