第6話:「中枢決戦──ダンジョンコア暴走、マスター覚醒の刻」
# 第6話:「中枢決戦──ダンジョンコア暴走、マスター覚醒の刻」
雷鳴公子ダンジョン──その最下層、第9層。
そこに鎮座する“ダンジョンコア”は、静かに、だが確実に暴走の兆候を示していた。
「マスター、緊急事態です。全層にわたってシステム負荷が異常上昇中。このままでは“ダンジョンコア過負荷暴走”による全機能停止に至ります!」
管理AIアリスの声が、冷徹な警告音とともに鳴り響く。
ダンジョン全機能停止──それは、雷鳴公子ダンジョンそのものの死を意味していた。
「……来やがったか、ダンジョンの心臓発作ってやつが」
馬場義則は、ゆっくりと懐から一枚の黒いカードキーを取り出す。
その目に浮かぶのは、かつて営業現場で夜を徹して戦った“戦友”の姿だった。
「アリス、召喚コードを解放しろ。“俺をシステム対応漬けにしてくれた、あの人”を呼ぶ」
【召喚:伝説のブラック企業SE──御厨 沙耶】
光の中から現れたのは、ジャージ姿にボサボサの髪。
片手に“神速コマンドキーボード”を持ち、目の奥に“絶対解決主義”を宿す女SEだった。
「──義則、また現場トラブルかい。何度目だ、これで」
「……御厨さん。“現場の空気”を上書きできるのは、あんたしかいない」
「仕方ないね。あの時言っただろ? “お前の営業対応はSE並み”だって。
条件付きで受けてやる。勿論、“お辞儀無し”は却下だよ?」
「当然だ。“マスターの礼”で迎えるさ」
義則は深々と頭を下げる。
“頼む”の礼ではない。“信頼を預ける”礼だった。
*
第9層──ダンジョンコアルーム。
眼前に広がるのは、魔力とデータが錯綜する光の奔流。
ダンジョンコアは、暴走によって無数のエラーメッセージを吐き出し続けていた。
【ERROR:自律制御AI 負荷超過】
【WARNING:コア同期ミス 43,211件】
【CRITICAL:システムフリーズ予測 92秒後】
「くっ……このままじゃ、9層どころかダンジョン全層が崩壊する……!」
しかし、御厨沙耶は冷静だった。
キーボードを肩に担ぎ、義則に向き直る。
「──義則。お前、“営業の時”にどうやって現場を切り抜けてた?」
「……その場の空気を読み替えてた。“ルール”じゃなく、“空気”を」
「だったら行ける。このダンジョンコアのシステム設計は、最終的に“マスターの意志”で全層上書きできる“現場型インフラ”さ」
「──つまり、“俺が現場で空気を書き換えれば”いいんだな」
「その通り。今までお前がやってきたこと、そのまんまをここでやればいい。行け、馬場義則!」
御厨沙耶がダンジョンコアにコマンドを叩き込む。
【コア権限、マスターに譲渡──承認】
*
義則は駆けた。
コア空間に広がる“システムメモリ領域”を、疾走する。
彼の耳に──各層の“現場の声”が響いてくる。
──2層・農業層の農夫たち。
「腐らせなかった!無添加でやり抜いた!」
──5層・科学層の研究者たち。
「名誉は売らない。でも未来は掴み取る!」
──6層・ダンジョン街の商人たち。
「裏ルート幻想? 俺たちが現場で潰した!」
──8層・軍事層の兵士たち。
「マスターの礼には、俺たちの命で応える!」
全ての“現場の物語”が、義則の背に乗る。
ダンジョンという巨大な“現場”が、彼を押し上げていた。
「わかったよ、みんな──“俺が、お前らの空気”を正す。
“お辞儀一発で全層を正常化”してやる!」
義則は、ダンジョンコアの中枢に立ち、一礼した。
その瞬間だった。
──“雷鳴”が空間を満たし、コア領域に奔雷が走る。
全てのエラーメッセージが音を立てて消滅し、同期ミスが次々に修正されていく。
【SYSTEM:マスターの意志を受信。強制同期修復開始】
【ERROR COUNT:43,211 → 0】
【全システム正常化──完了】
*
「マスター、ダンジョンコア完全復旧!
全層システムが正常稼働を再開しました!」
アリスの報告が、ようやく安堵を含んだ声色になる。
義則は静かに息を吐き、隣に立つ御厨沙耶に向き直った。
「ありがとう、御厨さん。“じゃない礼”でこのダンジョン守れたよ」
「ふん、営業時代の現場力が、異世界で通用しないわけがないさ」
“営業の現場対応力”──それは、マニュアルを超え、“場の空気”を制御する力。
そしてその力こそが、ダンジョンを暴走から救ったのだった。
*
雷鳴公子ダンジョンは、中枢の崩壊危機を乗り越えた。
だが、義則の戦いはまだ終わらない。
「マスター、次は──ダンジョン外の国家連盟から“国際標準化圧力”がかかっています」
「来たか……“外圧”との全面対決。
なら、こっちも“交渉の現場叩き上げ”で迎え撃つしかねぇな」
雷鳴公子ダンジョン、“外交現場決戦”編が幕を開ける──。