第5話:「精鋭1万、名ばかり脱却計画──元自衛隊幹部召喚」
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# 第5話:「精鋭1万、名ばかり脱却計画──元自衛隊幹部召喚」
雷鳴公子ダンジョン、第8層──
そこは“不測の事態に備える”名目で1万人の精鋭部隊が配置されている軍事層だった。
──だが。
「マスター、8層の連中、精鋭どころか“演習用モデル歩兵”レベルです」
朝一番の巡回で、管理AIアリスが嘆息混じりに報告する。
馬場義則は、額に手を当てて頭を抱えた。
「1万人もいて、“徒歩行軍すら統率できない”とか、聞いて呆れるぜ……」
原因は明白だった。
“名ばかり精鋭”──人事上の名目で“精鋭部隊”として配置されているが、実戦訓練は一切受けていない“文官寄りの軍人”たち。
書類上の“精鋭”を維持することが目的化し、誰一人として“戦える兵”が存在しない。
「……仕方ない、呼ぶか。“本物の現場”を叩き込んでくれる男を」
義則は手をかざし、召喚コードを詠唱する。
【召喚:元陸上自衛隊 特殊作戦群 指導官──真田 砕心】
光が弾ける。
現れたのは、鋼のような表情をした鬼軍曹然とした男だった。
「真田砕心、着任だ。馬場、また面倒な現場を俺に押し付けやがったな」
元・特殊作戦群(特戦群)の教官。
現役時代は“人間兵器工房”とまで言われた伝説の指導官である。
「真田さん。この“名ばかり精鋭”1万人を、本物の“最後の楯”に鍛え直してくれ」
「3ヶ月くれ。“魔法的訓練器具”なんざ使わねぇ。
“叩き上げ”で行く。現場で覚えさせるぞ」
「当然だ。“正面から堂々と鍛え上げる時代”だ」
義則と砕心が拳を打ち合わせ、8層・軍事層に鉄槌が振り下ろされる。
*
その日から、“名ばかり精鋭”たちに地獄の鍛錬が始まった。
「貴様ら、精鋭の意味がわかっているか?」
真田砕心の声が、冷え切った大講堂に響き渡る。
「戦場ではな、爆音と叫喚の中で“自分の名前”すら思い出せなくなる。
“精鋭”とは、そこで“自分の名前を叫び返せる奴”のことだ!」
指示待ち体質は即刻排除。
考えてから動く者は“次の瞬間には死んでいる”と叩き込む。
「お前たちは“ダンジョン”という国を守る最後の楯だ。
指示を待って死ぬか、自分で決断して生き残るか──選べ!」
──一方、義則も動いていた。
「砕心さん、現場の指揮官不足はこっちで手当てする。
営業時代の“現場チームリーダー格”を叩き上げた連中、全部召喚する」
“営業の最前線で人を束ね、現場で火を吹く連中”──
義則が営業時代に育て上げた“現場指揮官型リーダー”たちが、教官補佐として投入された。
彼らの特徴は“軍事知識ゼロ”だが“現場対応力は超一流”という点。
彼らが主導する、“営業式連隊訓練”が始まる。
「お前の指示は遅い!
まずは“お辞儀”だ、相手の顔を見て“全員に向けた声かけ”をする。
それが“現場を束ねる第一歩”だ!」
「“現場力”は軍隊でも変わらん!
“相手に伝えること”が何より優先だ!」
軍事と営業の境界が、溶けて消えていく。
ダンジョン軍事層は、“現場叩き上げ式”の真骨頂へと変貌していく。
*
3ヶ月──
それは1万人を“即応指揮班”に作り変えるには、あまりにも短い時間だった。
だが、義則たちはその常識すら叩き壊した。
「貴様ら、いけるか!」
「「「応ッ!!」」」
整然と動く部隊、指示が無くとも“自発行動”で迎撃ラインを敷く動き。
“指示を待たない”、“現場で判断する”──本物の“精鋭”が、そこにいた。
──報告を受ける義則の元に、真田砕心が立つ。
「精鋭1万、全員が“即応指揮班”として再編されたぞ。
馬場、こいつらなら、ダンジョン街が襲撃された程度なら
現場判断で迎撃ラインを敷ける。文句なしの現場精鋭だ」
砕心の口元に、微かに笑みが浮かぶ。
彼が“任務完遂”の証として見せる、稀有な表情だった。
義則は彼ら1万人を前に、深々とお辞儀をする。
「ありがとう。
“戦場で礼ができる兵士”を1万人──
これが“雷鳴公子ダンジョン”の最後の楯だ」
これは“頭を下げる”礼ではない。
“信頼を返す”礼、堂々たる“マスターの礼”であった。
*
ダンジョン軍事層の“名ばかり精鋭”問題は、こうして終結を迎えた。
だが、雷鳴公子ダンジョンに休息の時間は訪れない。
「マスター。次は……9層、ダンジョンコア暴走の兆候が確認されました」
管理AIアリスが、無機質ながらも緊張感を孕んだ声で告げる。
「……来たか。
次は、“マスター権限覚醒”が必要な時が」
雷鳴公子ダンジョン──ついに“中枢決戦”が始まろうとしていた。
──つづく。