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第3話:「名誉を売るな、科学者を売るな──5層、論陣の刻」


第3話:「名誉を売るな、科学者を売るな──5層、論陣の刻」


「マスター、5層・科学層で暴動寸前です」


朝の巡回ルートを回りきる前に、管理AI・アリスが義則にそう告げた。

馬場義則、47歳。

ダンジョンマスター兼、冒険者Fランク。

その肩書きを地で行くように、彼のダンジョン運営は日々波乱万丈である。


「……原因は?」


「“功績に金と地位が付かない”と決めた規定に、若手研究者が反発しています。

“名誉は飯が食えない”と──」


義則は静かに目を閉じた。

この闘争は避けては通れないと知っていた。


「なるほどな。始まったか、金と名誉の闘争が。

なら、“名誉だけで飯を食う方法”を論理で示せる人間を連れてこよう」


「……誰を召喚します?」


アリスの問いに、義則は即答した。


「決まってる。“営業時代の鬼顧問弁護士”だ」



──そして現れたのは、異世界転生後もスーツ姿を崩さぬ男だった。


「──弁護士、九頭くず俊道。

馬場、お前また無茶なことやってるな」


髪型一つ乱さず、ピンと張った背筋に鋭い眼光。

義則が営業時代に幾度となく“法務地獄”で叩き込まれた鬼顧問弁護士である。


「九頭さん。このダンジョンの5層で、“名誉は金にならん”と反発してる連中を、法と論理で叩き伏せてくれ」


九頭は無言で笑った。

営業時代と変わらぬ、あの“詰め将棋を始める顔”だ。


「面白い。なら、まず“名誉と金”がどうリンクするか、徹底的に“構造”を叩き込んでやろうじゃないか」



──5層・科学層、大講堂。


壇上に立つ九頭俊道、その眼前には反発する若手研究者たち。

彼らの顔は険しく、苛立ちと焦燥が滲んでいた。

「名誉で飯が食えるか」という切実な叫びが、今にも飛び出しそうな空気だった。


「マスター、九頭さん……これ、討論じゃなくて“口撃”ですね」


アリスが呆れ気味に呟く。

義則はニヤリと笑った。


「いいんだ、あれが“弁護士召喚”の効果だ」


壇上の九頭が、ゆっくりとマイクを取る。


「諸君。君たちは“功績を出したら金と地位が与えられるべき”と言ったな。

だが、その考えは“成果物に対価が払われる構造”に依存している。

名誉というのは、“人格への評価”だ。

成果物ではなく、君たちの存在そのものに与えられる価値だ」


「だが、それじゃ生活できません!」


若手研究者の一人が、堪えきれずに叫んだ。

その声に九頭は即座に返す。


「馬鹿者!

“名誉”というのは、“金に換えるための一時的在庫”だ。

商品ではないが、“在庫を見せることで信用が積み上がる”。

信用は“次の依頼”を呼び、“次の資金”を引き寄せる。

直接売ってはいけない。だが、見せびらかすことで未来を買うんだ」


静まり返る講堂。

義則は、かつての“鬼詰め会議”を思い出していた。

実績だけで交渉に臨んでも、次の仕事が無ければ“ただの実績”で終わる。

そこに“信用”が乗るからこそ、継続的な価値になる──それを九頭は叩き込もうとしているのだ。


「君たちが今、直接“功績を金に換える”ことを覚えたら、次からは“結果を出さなきゃ金が来ない”世界に縛られる。

だが、“名誉は譲らずに信用を稼ぐ”スタイルを続ければ、“次の投資”が自然と流れてくる。

どっちが楽か──火を見るより明らかだろう?」


──じわりと、場内がざわめき始める。


「“名誉は売らない”

“名誉は貸す”

“名誉を盾に、未来の仕事を取りに行く”

──これが、営業の鉄則だ。科学も例外じゃない」


壇上の九頭は、自らの過去を語りながら説得を続ける。

企業法務の現場で、どれだけ“信用”という武器が金よりも強かったか。

義則がいかに“名誉だけで新規案件を引き寄せ続けたか”──実体験を交えて語る九頭の論理は、若手たちの心を徐々に動かしていた。


一人、二人と頷く若手が現れ始める。

それでもまだ反発を口にする者がいたが、義則は壇上へと歩み寄り、最後にこう締めくくった。


「成果が金になるのは当たり前だ。

だが、このダンジョンの5層は、“成果が次の仕事に繋がる場所”だ。

“名誉”を金で売るな──“信用”で運用しろ!」


その瞬間、講堂は静まり返り──そして、拍手が起きた。



こうして、“名誉原則派”と“実利派”のバランスは取れた。

成果報酬は即座に支払われないが、“名誉貢献度”に応じた“研究資金の前払い枠”が設けられることとなった。

研究者たちは“名誉で信用を得る”ことが次の資金を呼び込むシステムを受け入れ、暴動寸前だった5層・科学層は平穏を取り戻した。


「九頭さんが書き上げた“信用流通モデル”は、国家単位でも使える。

このダンジョンが、異世界の“資本流通”を変えるかもしれんな」


義則はそう呟き、九頭と肩を並べて歩いた。


「マスター、次は?」


アリスの問いに、義則は苦笑しながら答えた。


「次は……“6層ダンジョン街のエレベーター乗車券ダフ屋”の取り締まりだ。

不正流通が始まったら、次は“裏経済”との戦いが待ってる」


雷鳴公子ダンジョン、秩序との戦いは終わらない。

金と名誉、信用と実利──すべてを束ね、前に進む覚悟を義則は新たにした。


──つづく。

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