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ぴこっ。
このタイミングで、スマホが鳴るかー!
「お! まっつんだ」
リチャードを置いてけぼりにして、レンがスマホをいじり始めた。それ、あとじゃダメなのか。リンは思う。
「あした、課外の後にさぁ、カラオケ行こうかって話なんだよ」
別に説明はいらないが。リチャードの立場をどうするつもりだ。
「えー、女子も来るのかよー」
にへらっと目じりを下げる。
「まいったなー」
ぜんぜん、まいった顔じゃない。
「行けばいいじゃん」
「行くよー? 行くけどさぁ。女子、たいへんじゃん」
なにがたいへんなんだ。
「おれ、モテるからさぁ」
レンがニヤニヤする。キモ。ほんとうにモテる人は、自分でモテるって言わないんじゃないかな。リンの冷めた目に気づいているのかいないのか、レンはニヤけた顔でスマホをいじり続ける。
ペンちゃんがリチャードの肩から下りてきて、そのままレンの足をちょろちょろと駆け上った。胸まで登ると、スマホをのぞき込んだ。興味津々。
急に人懐っこくなった。
動きはトカゲなんだけどなー。リンとリチャードはだまってその様子を見ていた。
「なんだよ、ペンちゃん。じゃますんなよお」
そう言いながらも、レンはすっかり上機嫌である。ペンちゃんはスマホに向かって前足を伸ばした。
ぺた。
画面に触った。
唐突に、軽快な音楽が流れ始めた。
「あっ」
みんなが飛び上がった。いちばんびっくりしたのはペンちゃんだ。ペンちゃんはぴょんっと跳ねると、ダッシュでリチャードの肩に戻った。
TikTok触っちゃったかー。トカゲの足にも反応するんだな。
「そ、そ、それはなに?」
リチャードがびくびくしながら、食べ終わったガリガリ君の棒を差し向けた。
「あー、スマホだよ。スマートフォン」
「すまーと」
「魔法はないけど、スマホはあるんだぜー」
なぜ、ドヤる。
リチャードはすがるようにリンに目を向けた。
「ええーっと」
うまく説明できるか、リンは考える。だいたい、スマホってどういう仕組みなんだろう。
「ちょっと待ってね」
リンは2階へ駆けあがると、自分の部屋からスマホを持ってまた駆け下りた。
電源オン。通知が何件かある。
しばしホーム画面を眺める。
なるべくわかりやすくまとめようと思っても、どの機能が最初なのかわからない。メッセージを送るものなのか、SNSを投稿するものなのか、ゲームをするものなのか。
あっ、電話もできるな。
ダメだ。うまく説明できる気がしない。
「えっとー、メッセージを送ったり受け取ったりするもの。かな」
とりあえず、いまレンがやっているのはそれだ。
「めっせーじ」
「そう! メッセージ」
「うっわ、雑な説明」
レンがへらっと笑った。
「じゃあ、お兄説明してよ」
むかつくわ。
「えーっと」
レンはしばらく考えた。そして言った。
「メッセージを送るもの」
バーカ!
「いまさら、スマホの説明なんかできるかよ」
逆ギレすんな!
「ああ、ごめんなさい。ちょっとわからなかったから」
リチャードが肩をすぼめてしまった。
「違う違う。お兄が自分の頭の悪さに逆ギレしてんのよ。ごめんね、気にしないで」
「うるせぇな。似たり寄ったりじゃんか。兄妹なんだから」
もう、放っておこう。
たぶん見せるのが一番いいな。実演販売方式だ。
リンはラインを開く。
「これね。レンにメッセージ送るよ」
バーカ、と送る。
ぴこっ。着信が鳴った。
「ほら、レンのスマホにメッセージが届いたよ」
「えっ? これで?」
「来たぜー。ほら」
とレンがメッセージを見せる。
「ほ、ほんとだ」
リチャードがふたつのスマホを見比べて、目を丸くした。
「登録すれば、いつでもどこでも誰とでもやり取りできるんだよ。親とか友だちとか」
「こ、これを持っていれば?」
「そう! そしてこれは誰でも買える。みんな持っている。ゲームもできるし、音楽も聴ける。あ、さっきのやつね」
「あ、ああ。あれ、音楽なんだ」
「そうだよー。最近流行ってるやつ。リチャードのとこではどんな音楽が流行ってんの?」
「音楽は夜会で宮廷楽士が演奏するものだな。城下には吟遊詩人というものがいるらしいが」
やかい。きゅーてーがくし。吟遊詩人は聞いたことがある。
なんか、思ってたのと違った。K-POPやJ-POPじゃなかった。ギャップは大きい。
「まあ、こういうものだ」
レンがさらっとと切り上げた。めんどくさくなったらしい。
「で、リチャード。帰れんのか?」
「……帰り方がわからない」
大問題です。