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「はっ!? 冷たい風が?」
彼はひどく驚いた。なにもかも知らならしい。どうしよう。
連れてはきたものの困ってしまった。
彼はエアコンの下で両手を広げて冷風を浴びている。
「ああ、なんてすばらしい。生き返るようだ」
それは賛成です。
「暑いでしょ。そのジャケット脱いだら?」
家に着くまでに、王子も汗だくになっていた。
「……脱いでもいいですか?」
別に許可はいらんよ。
彼はプチプチとボタンを外すと真っ白なジャケットを脱いだ。中は白シャツである。パパが来ているワイシャツとは違って、ハイネックの襟でスカーフみたいな幅広のネクタイをしている。
どう見ても真夏向きの服じゃない。
洗面所からタオルを持ってきて渡してあげる。
「座って」
彼は素直にソファに腰を下ろした。でも遠慮なく真ん中にすわるところが王子だな。
「そんでこれで汗拭いて」
タオルを渡す。
「……ありがとう。わ、ふわふわする! やわらかい! これはなに?」
タオルも知らんのか。厄介な人を拾ってしまったかもしれない。
「タオルです。汗を拭いたり、手を拭いたりするものです」
彼はしばらくタオルをにぎにぎして感触を堪能すると、そっと顔に押し当てた。
「はっ! すごくいい匂いがする!」
柔軟剤ですね。シトラスの香りですよ。いちいちめんどくさくなってきた。
そうだ! ガリガリ君だ! ガリガリ君を食べるんだった。
冷凍庫からガリガリ君を出して、彼に1本渡す。箱入りのヤツだ。リンの家の冷凍庫には常備してある。
「はい、どうぞ」
タオルに顔をうずめて、ふんふんと匂いを嗅いでいた彼は、いぶかし気に水色の直方体をまじまじと見つめた。それから、おそるおそる手を伸ばした。
「ひゃっ。つ、冷たい!?」
……ガリガリ君だからね。
「こ、これはなに?」
「ガリガリ君です。こうやって……」
リンはビッと袋を破いて棒を持って取り出してみせる。
彼はマネをする。取り出したガリガリ君を穴のあくほどじいーっと見つめた。
「はやく食べないと溶けちゃうよ」
そう言ってさっくりとかじりついたリンに、彼はまたまたびっくりした。
「た、た、食べ物?!」
リンはこっくりとうなずいた。
「ソーダ味だよ」
「そ、そーだ」
彼はガリガリ君とリンを交互に見比べてから、すみっこをほんのちょっとかじった。そして、ぴょっと跳ねた。
「氷だ」
口の中のかけらをもごもごと溶かしている。ゴクリと呑み込むと、もう一口、今度は大きくかじった。
なんか、かわいいな。
「氷に味がついている。なぜ、氷なのに硬くないのだ?」
「……ガリガリ君だからね」
超絶イケメンが目をキラキラさせながら、ガリガリ君を食べている。そんなにうまいか、ガリガリ君。まあ、たしかに真夏のガリガリ君は至宝だが。
「お名前を聞いてもいいですか」
食べながらリンは聞いた。
「あっ、はい。ぼくはリチャードです。リチャード=グリーンヒルズ。フォックスホール王国の王太子です」
片手にガリガリ君を持ちながら、空いた手を胸に当てて軽く頭を下げた。
「おーたいし」
「はい、王太子です」
マジの王子だったのか。
「はあ、こんな狭くて古い家に連れてきてすみませんでした」
思わずあやまるリン。
「いいえ、とんでもない。助けていただいて感謝いたします」
……恐縮です。
「あっ、わたくしは牧野林リンと申しますです」
「……えーっと、……まーきの?」
花男か! たしかに長めの名字ではある。
「リンです」
「リン」
「はい」
「じゃあ、ぼくのことはリチャードと呼んでください」
「リチャード」
「はい、よろしくおねがいします」
リチャードは最上級の笑顔をリンに向けた。
「えーと、ところで」
リンはリチャードの肩に目をやった。
「それはトカゲ?」
そう、ずっと気になっていたのだ。
リチャードの肩にいるそれが。
はじめは気が付かなかった。真っ白いジャケットに真っ白いヤツがいるから。ちょろちょろと動いて初めて、なにかいるとわかったのだ。
トカゲかな? と思ったけれど、リンが知っているトカゲとはちょっと違う気がする。
どこが? と言われればちょっと困る。形はたしかにトカゲなんだけども。リンもトカゲに詳しいわけじゃないから、そこは定かじゃない。ただ、真っ白いトカゲっている? って思った。白っぽい、じゃなくて純粋に真っ白。コピー用紙みたい。
それになんだか、リンをちらちらと見ている。だって、目が合うもの。
……トカゲに知性ってある?
「ああ、これはドラゴンだよ」
……なんですと?