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 ケムシ公園は信号機のない十字路の角にある。住宅街の中だから、交通量もあまり多くない。通るのは地元民だけ。あとタクシー。あと幼稚園の送迎バス。

 ついでに言うと、センターラインもない。

 はす向かいには小島医院。昭和レトロな外観。大きなガラス製の両開きの自動ドア。その奥は暗くてよく見えない。入るには勇気がいる。


 看板には内科小児科とあるが、子どもどころか大人ですら出入りを見たことがない。

 リンの家のかかりつけは、駅に近い新しい病院だ。


 母の話によると、午前中には老人たちがたくさんいるという。リンが学校に行く時間はまだ開いていなくて、帰る時間にはもう老人たちは帰った後。

 だから、リンは患者を見たことがないのだ。

 祖父母はこの病院にかかっていたらしい。医者もずいぶんなおじいちゃんだという。だいじょうぶなんだろうか、ボケてないだろうか、おじいちゃん先生。

 ちょっと心配になる。


 その交差点の真ん中に、白い十字が書いてある。よく見る交差点の表示だ。

 リンはえっちらおっちらとそこに差し掛かった。


 じーわじーわとセミが鳴いている。あいつら、暑くないんだろうか。吹き出た汗は、筋になって背中を流れていく。


 いつもと同じ。なんにも変わりない。




 あれほどうるさかったセミの鳴き声が、ぴたりとやんだ。

 ケムシ公園には誰もいない。今時期は暑いから誰も外で遊ばない。

 小島医院にも患者はいない。

 通行人も車もいない。リン以外、だーれもいない。そんな一瞬の空白の時間だった。


 まだ正午前だというのに、熱気をはらんだ空気は淀んでいた。

 大荷物を抱えて汗だくのリンに、ふうっとわずかに風がかかった。


 ふと、なにかの気配を感じてリンは見上げた。


 最初は黒い点だった。電線よりもずっと上のほうだ。リンはあんまり上を向いたので、バランスを崩してちょっとよろけた。

「ん?」

 リンは踏ん張りなおすと、ぎゅうっと眉間にしわを寄せて目を凝らした。その点がぼわっと広がったかと思ったら、ぽんっと人が吐き出された。


 吐き出された人は、しばらく空中にとどまった後ゆっくりと下りてきて、そのまま白い十字の上にトスンと着地した。

 見た目より勢いがあったのか、その人はガクッと膝と両手をついてしまった。


 リンは目をぱちくりさせた。

 えーと、今なにが起こったんでしょう。たしかに目の前に人が落ちてきましたが。そして四つん這いになって呆然としていますが。


 どこからツッコめばいいのか。

 まず、その人は男の人である。若い。まだ少年かもしれない。

 そして金髪碧眼。めっちゃイケメン。そんじょそこらのアイドルも真っ青。


 だいたいイケメンの定義があやふやだと思う。ちょっと話題になるとすぐイケメンっていう。

 え? これが? って思うことはしばしば。「イケメン」ということばには、イジリすら感じてしまう。

 目の前に座り込んでいるこの人は、言い換えれば正統派美男子だ。正真正銘の美男子。例えるならリバー=フェニックス。あるいはアラン=ドロン。

 この人に「イケメン」ということばを使っちゃいけないと思う。

 しかも金髪碧眼。テンプレ。


 それでコスプレ? 王子? 王子かな? ベルばらに出てくるような衣装を着ている。真っ白いヤツ。

 ……暑くない? 首元きっちりのしっかりしたジャケットだかコートだか。もちろん長袖。

 暑いよね。わたし、半袖ハーフパンツでも暑いもん。


 その人はしばらくきょろきょろしていたが、凝視していたリンと目が合ってしまった。まあ、なんてきれいな青い瞳。

 その彼が、キョトンとリンを見ている。


 いやいや、こっちがキョトンだわ。

 巻き添え食ったらヤバい。それはわかった。……早く帰ろう。見なかったことにしてさっさと帰ろう。そんでガリガリ君を食べよう。


 リンは目を逸らすと一歩踏み出した。

「待って」

 呼び止められた。正統派美男子は声もイケボ。つい足を止めてしまう。

 いやいや。聞こえない聞こえない。

 もう一歩踏み出した。

「待って!」

 強めに言われた。王子な彼は立ち上がるとパパッと真っ白いズボンの膝を払った。それから、すっと背筋を伸ばした。

「ここはどこですか」


 世にも不思議な出現をした人に、なんて答えればいいんだろう。

 なでしこ町3丁目です?

 藤沢市です?

 神奈川県です?

 日本です?

 地球です?

 それよりも「あなたはどこから来たんですか」とリンは聞きたい。むしろそっちが先だと思う。


 走って逃げようにも、この大荷物じゃ逃げ切れる気がしない。襲い掛かってくる変質者じゃないのが救いだが、これがもし誘拐犯だったら捕まっている。

 学校は終業式に大荷物を持たせるべきじゃないと思う。


 見上げたら穴はとっくに影も形もなくなっていた。


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