15
じっとしていよう。見つからないように。テレビも消した。
べつにこそこそする必要はないのだが、リチャードはソファの上にちんまりとすわって、やり過ごすことにした。
ピンポーン。
もう一回鳴った。
リチャードはますます小さく縮こまった。
しーん。
「行ったかな?」
リチャードがほっと息を吐いたとき。
がちゃがちゃっ。
ドアノブを回す音がした。
「えっ!?」
誰か帰って来たんだろうか。
外で誰かがなにかしゃべっている。はっきりは聞こえないが、男だ。パパでもレンでもない。
賊か!
リチャードはそーっと音をたてないように立ち上がった。それからリビングのドアを開けて、身を隠すように壁際に立ち様子をうかがう。
かちゃ。
鍵が開いた。
「誰もいないな?」
「ああ、留守だ」
やはり知らない男たちの声だ。
「お前は二階へ行け。おれはリビングを探す」
「オッケー」
……クマよけスプレー、玄関に置いてちゃダメじゃない? 取りに行けないよ?
リチャードはとりあえずの武器としてリモコンを逆手に握りしめた。
ひとりは二階へ上がっていく。もうひとりがリビングへ向かって歩いてくる。
足音からして侵入者はふたり。外にも見張りがいるのかもしれないが、当面の敵はこちらに向かってくる賊Aだ。
できれば騒がれないうちに始末したい。
武器はなんだろう。こちらはほぼ丸腰だ。慎重に行かないと。
たまに廊下がミシッときしむ。十分に引き付けて……。
賊Aがリビングに一歩踏み入れたそのとき。
リチャードは賊Aの後頭部にリモコンを振り下ろした。
ガンッ!
賊Aは声を発する間もなくひざから崩れ落ちた。
「あれ?」
リチャードは思わず声を上げた。あまりにも呆気ない。おとり? おとりかな?
いちおうナイフは持っているけれど。ナイフって言うか包丁だな。ママがキッチンで使っているヤツだ。
……武器でもないな。
っていうか、全身黒づくめで暑くないのか? 悪目立ちすると思うのだが。
なんだ、こいつら。ほんとうに賊か?
あれれー?
「おい! どうした!?」
倒れる音を聞きつけて、二階から賊Bが降りてくる。
リチャードは床に転がっている賊Aをまたぎ、階段へと向かった。
リチャードだっていちおう戦える。剣も格闘もそこそこできるのだ。自分を守るためでもあるし、人を守るためでもある。
魔物討伐に行ったことだってある。
だから余計に相手の手ごたえのなさに、驚いた。
だって他人の家に忍び込むのに、ロクな武器も持たず、戦闘態勢すらできていないなんて。素人にしてもひどすぎる。
ちょうど階段の登り口で、二階から降りた来た賊Bと鉢合わせした。こっちも黒づくめだ。
「うわっ!?」
賊Bはひどく驚いた。
「うわあーっ!」
持っていた包丁をめちゃくちゃに振り回す。リチャードが怯んだ次の瞬間には、玄関に向かって走り出していた。
おいおい、仲間は見捨てるのか。
リチャードはすかさず賊Bの襟首をつかんだ
「うわあっ! はなせっ!」
リチャードは後ろから包丁を持った右手をつかむ。賊Bはめちゃくちゃ暴れるくせに、まるっきり力がない。
つかんだ右手をくいっとひねったら「痛えっ」と叫んで、呆気なく包丁を落としてしまった。
なんだ、こいつら。
「全部で何人だ」
リチャードは聞いた。だが、賊Bはわあわあと喚くばかりで、ロクに答えやしない。
仕方がないのでそのまま玄関を開けて、賊Bを外に蹴りだした。
ぽーん。どすっ。
外にはもうひとり賊Cが立っていたのだ。ふたりは正面からぶつかって、ともに倒れた。
「避けることもできないのか」
リチャードは呆れたように言った。
「いってぇ」
半身を起こした賊Cの、あごに思いっきりけりを入れると門から道路に転がり出て「うーん」と唸ったきり、動かなくなってしまった。
「車に轢かれるよ」
たしか、リンは昨日そう言った。
倒れていた賊Bは、あわあわと四つん這いで逃げ出そうとする。
「ちょっと待て」
リチャードは賊Bの首根っこを捕まえた。
「どこの手のものだ」
「は? 知らねえ知らねえ。ただのバイトだ」
「ばいと?」
どうしよう。また知らないことばが出てきたぞ。
リンが帰ってくるまで留め置いた方がいいのか?
ばたばたと足音がしたと思ったら、リビングで倒した賊Aが正気を取り戻して出てきた足音だった。
「うわっ、うわっ」
捕まっている仲間を見てさらにあわてふためく。そしてあろうことか、仲間を見捨てて自分だけ逃げようとした。
「あっ! てめえだけ逃げんじゃねえよ!」
賊Bが喚く。
「うるせえ! 捕まるやつが悪いんだ!」
「やだあ! あんたたち、なにしてんの!?」
向かいの家から出てきたおばあさんが叫んだ。ちんまりと小さくて丸顔で、目がぐりぐりと大きくて、鼻がとっても平面的なおばあさん。
パグばあ。リンはひそかにそう呼んでいる。